第25話 危険な快楽を求めて⑤ー山本の場合
濃厚な甘い香りが漂う白い花畑の中、目の前には顔のいい番犬を頭にのせた、戸惑い顔のレンちゃん。「今ここで媚薬の効果を試してみよう」という俺の提案を、どうはぐらかそうかと悩んでいるのだろう。俺と目を合わせようとしない。
その戸惑いは俺のせいなのか、今にも噛みついてきそうな、このヤンキー少年のせいなのか。
◇◇◇
こうなる数日前、町で大きな花火大会があった翌日。いつものようにレンちゃんの家に荷物を届けに行った時。
チャイムを鳴らしてもなかなか出ないので庭に回ってみたら、レンちゃんは庭で大の字になって寝転がっていた。その横には大きな穴が掘られている。
「レンちゃんレンちゃん。どうしたの何してるの」
「?山本くんか。お疲れ。私は生きるのに疲れた」
「そんなこと言わないで。その穴掘ったの?何か植えるの?」
「穴があったら入りたいを実践してるところ。でも意外と大変で腰が痛くて休憩中」
「なにバカなこと言ってるの。閑静な住宅地を遺体遺棄現場にしちゃダメだよ。それに最近弟子ができたって喜んでたじゃない。その子のためにも生きないと」
「あぁ大和くん……私は可愛い大事な弟子に……うぅ、私なんか……こんな淫乱な人間……」
「いん……待って何があった。大和って誰!弟子って男だったの?!」
「…………」
その後だんまりを決め込んだ土だらけのレンちゃんを抱えて風呂場へ連行。ムスッとしていたが、シャワー浴びたら買ってきたケーキをあげるよと言ったら大人しく身を清め始めた。
レンちゃんの携帯電話が鳴ったのはその時だった。会社から支給している端末だし、その番号を知っているのはごく少数のはずだが……
画面を見ると、「弟子」の表示。
思わず電話に出てしまった。
『レンさん?』
若い男の声だ。やっぱり弟子は男だったのか。料理がうまくて家事もよくできると聞いていたから勝手に女の子だと思いこんでいた。ジェンダー!(粗品)
「あー……こんにちは」
『……誰?レンさんは?』
「俺はレンちゃんの勤めてる会社の人間」
『……山本?』
「俺のこと知ってるんだ。そう、山本です。君はもしかして噂の大和くん?」
『そーだけど』
「そうか。レンちゃん、今シャワー浴びてるから、なにか伝言があれば伝えるよ」
『……』
電話を切られた。
とにかく、弟子が単なる弟子ではないことは、なんとなくわかった。
あー。だからレンちゃんを一人暮らしさせるのは嫌だったんだよな……
風呂場から出てきたレンちゃんは、タンクトップにショートパンツというたいへん涼しげな格好だった。たしかにまだまだ昼間は暑いけど、でも、それにしても、いくら俺をガキの時から知っているとしても、それはあまりに無防備すぎないか?
そんな俺の気持ちなんかお構いなしに、レンちゃんは嬉しそうにケーキを食べ始める。その向かいに座り、幸せそうな顔を眺める。
くそー。かわいー。
「レンちゃん、シャワー浴びてる間に弟子から電話かかってきたよ。何の用かは聞かなかったけど」
「大和くん?……そっか……」
「その大和くんと何かあったの? 話聞くよ」
「……山本くん。ひかないで聞いてくれる?」
「もちろん」
「弟子、大和くんね。高校生の男の子なんだけど。私、その……あの子ね、女心をくすぐるような動作が多いのだけど、そのせいで私、最近大和くんといるとドキドキしちゃうの。やばいよね。年下にもほどがあるのに」
レンちゃんのこんな顔を見るのは初めてだった。いつも雑で豪快で直情的なあの人が、女の子の顔をしている。
ビックリした。
と同時に、彼女にこんな顔をさせる男にとてつもなく嫉妬した。
「ごめんひいたよね、わかってるんだけど、こんなのどうかしてるって。でも、大和くんのこと、キッパリと振り切ることもできなくて。私の心が弱すぎて、ついその甘美な誘惑に身を任せてしまいまして……」
「抱かれたの?」
「だあーーってない!抱かれてない」
ブンブンと、頭が吹っ飛ぶんじゃないかという勢いで首を振るレンちゃん。
俺は立ち上がってテーブルをまわり、レンちゃんの後ろ側に立つ。レンちゃんは、なんだ?という顔をして振り返る。
「レンちゃん、ウチに戻ってこない? やっぱりレンちゃんがいないの、寂しい」
「うーん、お屋敷暮らしはなぁ。お庭も広くて楽しかったけど。でも廊下を走るだけで間宮さんに怒られるからなぁ……」
「あはは。間宮さんもレンちゃんがいなくなって寂しがってたよ」
「怒る相手がいなくなっちゃったからねぇ」
「俺も。俺も寂しい。レンちゃんにそばにいて欲しい。庭に埋まっちゃうくらいなら帰ってきて。お願い」
「そんな捨てられた子犬みたいな顔しないの!ずるいよその顔は!」
「それか、俺もここに一緒に住もうかな。そういえば俺名義の家だし」
「え!会社遠くなっちゃうじゃない」
「仕事はリモートでやるから大丈夫だよ。それにこうやって毎週東京から往復3時間かけて会いにくるよりも、時間使えて効率的かなぁって」
「……いつも遠くからありがとう。でも別に種を運ぶだけなら、他の人に頼んでもいいんだよ。社長自らやらなくても」
「俺がレンちゃんに会いたいから」
そういうと、レンちゃんは照れながら俺の頭をヨシヨシと撫でてくれた。
「山本くんはいつも私に甘いね」
「そりゃあ大好きなレンちゃんだから。あの時からレンちゃんは、ずっと変わらず大好きなお姉さんだよ」
「もう、調子に乗っちゃうからやめて。でも、そうか、変わらないかぁ。山本くんはあっという間にこんなに大きく立派になっちゃったのに、なのにわたしはなぁ」
「変わらなくていいんだよ。そのままで」
そういうとレンちゃんは寂しそうに、窓の外を眺めた。
「……山本くん。最近テレビでね、1000年も生きているすっごく強い魔法使いのエルフの女の子が、人間たちと旅をするアニメがやってるんだけど、知ってる?」
「……葬送の……」
「そうそう。あれ、わたし毎回泣いてる」
「……レンちゃん、もしかして自分を……」
「曲もいい。声優さんもいい」
「……」
「作画もいい。世界観もいい」
「……」
「バトルシーンも熱い。ほどよいギャグもいい」
「……」
「シュタルク君が上着を脱いだ時肩出しルックだったのはグッときた。フェルンちゃんのあのツンデレ具合が」
「その話まだ続く???」




