第19話 ハイライト
花火大会の夜。クラスの連中と遭遇してしまい、レンさんを抱えて早々に逃亡。そのままレンさんの家の庭に入り、ひと通り騒ぎ終えたその人を降ろす。
夜の庭は、ところどころ置かれたガーデンライトの淡い光でぼんやりと照らされていた。
「アイムホーム……」
「お疲れ様でした」
「大和くんすごいね……ここまでノンストップで私を抱えて走ってさ……体力どうなんってんのよ……なんで抱えられてるだけの私の方が疲れてるの……」
「はは。レンさん体力なさすぎ」
「君が異常なの……」
レンさんは庭のベンチに腰掛けて、ぐったりとする。家の中から漏れる光のおかげで見えたその姿は、浴衣がダルっダルのデロッデロ。
あー。これはもう、脱がしちゃった方がいい。
「レンさん。浴衣、たいへんエロいことになってます」
でも俺は紳士なので、紳士に伝えてあげるのだ。
レンさんは自分の浴衣を見てしばしフリーズし、それからなにを思ったのか背中に手を回し、シュルシュルと帯を解き始めた。
「え、レンさん」
「ん。脱ぐとこ見たい?」
「え!?うん」
「あはは。だめですー」
「あ¨??」
レンさんはヘラヘラと笑って帯をとり、それをくるくるとまとめて抱き、またぐったりとベンチにもたれかかった。崩れた浴衣からレンさんの白い太ももが大胆に覗く。俺がその姿に見惚れていると、レンさんは俺の方を誘うような目で見て、ニッコリ笑った。
「大和くん」
「はい」
「今日は本当にありがとう」
「うん」
「大和くん、来て」
言われるがままレンさんの側によると、レンさんは俺を迎え入れるように両腕を伸ばした。
俺は唾を飲み込んで、その腕の中へ。
え、え、え……!
レンさんは、ベンチの背もたれに手をつく俺の背中に腕を回し、絡めた。それからしっとりと俺の背中を撫であげて、首の後ろ、頭の付け根のあたりを、優しく、優しく撫で回す。そして俺の耳元で、吐息混じりのえっろい声で囁いた。
「大和くん……」
「ん……?」
「ここに、風府というツボがあります」
「はい???」
「ここに私の能力で極限まで伸ばし尖らせたバラの棘を打ち込めば、君は延髄をやられて即死です」
「なんすか突然!」
バッと体を離すと、レンさんはケラケラと笑いだす。
「ははは。大和くんチョロいね。そんなんじゃすぐ暗殺されちゃうよ」
「……」
「年上好きなんだっけ?年上の女はズルいから。気をつけなきゃダメだよ」
「……」
「今日は散々からかわれたから、ちょっとお返し。じゃ、おやすみ!気をつけて帰ってね」
そう言って俺に背中を向け、リビングへ続く窓の鍵を開けようとするレンさん。俺はプツンと来て、その背中に覆い被さって、閉じ込めた。
「わ!」
「お返し。全然足りないんじゃないの」
「え、そうかな」
耳元で喋られるのがくすぐったいのか、レンさんは肩をすくませた。その肩を掴んで体を回し、俺に向ける。
帯のない浴衣はだらしなく垂れ、その下の下着と、白い肌が露わになる。
「あ……」
慌ててそれを隠そうとするレンさんの両手を窓に縫いつけて、キスした。
――――というのが昨晩のハイライトで、その後レンさんに、おやすみ、とボソッと言われ、後ろ髪を引かれる思いで帰宅した。
それでも俺の胸はいっぱいだった。
レンさんが俺のことを受け入れてくれた!
ちゅーした!!!
流石にそれ以上はできなかったが、俺はウキウキルンルン、こうして高校にもちゃんと来た。
上機嫌ついでに昼休み、レンさんに電話をした。そしたらなんと、男が電話に出た。
誰だと聞くと、レンちゃんの会社の人間だという。山本?と聞くと、そうだと言う。君は噂の大和君?と聞かれたので、そーだと言うと、レンちゃん、今シャワー浴びてるから伝言あれば伝えるよ、なんて言われた。俺は即、電話を切った。
今すぐカチコミに行くか悩んだが、とりあえず一旦安田に相談することにした。アイツはなんだかんだトシコちゃんと上手くやっているし、マインドパレスのような必殺技(※注 記憶術の一種)をもっている。
だが、よき助言者となってくれるかと思いきや、安田はデートだから俺の作戦会議には付き合えないと言いやがった。もうこれは一人で行くしかない。
ということで、早退してレンさんの家にやってきた。家の前にはこの前の黒い車。玄関のチャイムを鳴らそうか躊躇していると山本が1人で出てきた。山本は俺の姿に一瞬驚いて、それから後ろ手で静かにドアを閉めた。
「……もしかして、大和君?」
「そーですけど」
「君が大和君かぁ。随分イケメンだ。レンちゃんが気になっちゃうのもしょうがないかぁ」
「レンさんの会社の人ですよね?なんでレンさん、シャワー浴びてたんです?」
「えー、そんな野暮なこと聞いちゃだめだよ」
そういってニヤニヤする山本。いかにも自分に自信あります、といった佇まいが腹立たしい。つい手が出そうになるのをなんとか抑え込む。
「ごめんごめん、冗談だよ。そんな怖い顔しないで。残念ながらレンちゃんは俺のこと、いつまで経ってもガキだと思ってるからさぁ」
「……レンさんと付き合い長いんすか」
「うん。それはもう」
「幼なじみ? じゃあ駿河聖のことも知ってる?」
山本は目を丸くする。
「レンちゃんから聞いたの?」
「そーだけど」
「そう。レンちゃんは……駿河のこと、なんて言ってた?」
「幼なじみだったけど、やべー犯罪者になったって」
「……あぁ、そうだ。間違ってはいない」
「あんた、レンさんが駿河に何しようとしてるか、知ってんの?」
山本は、今度は首を曲げて、不思議そうな顔をする。
「いや?……知らない」
「そーかよ」
レンさん、コイツには駿河毒殺計画のこと話してないんだな。俺の勝ち。
「……大和君、君、レンちゃんのこと好きなんだね」
「だからなに」
「俺も好き。レンちゃん、一段と可愛くなった。きっとこの町で友達ができたおかげなんだろうね。ありがとね」
「敵に礼を言われてもなぁ」
「まぁ、そう言わずに。ライバルがいると張り合いがあるだろ?お互いレンちゃんを大事にしよう。じゃあ、俺は帰るよ。……あ、そうだ、俺のファーストキスの相手はね、レンちゃんなんだ。じゃあね」
そう言って車を出す山本の野郎。
俺は走り去る車の後ろ姿に中指を立て、勢いよく玄関の戸を開けた。