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第16話 来年、来年、来年も

 裏道を行くと、花火大会のメイン会場からは離れた小高い場所に出る。何かの会社の建物の裏側で海側に向けてひらけていて、花火鑑賞の穴場スポットになっている。もうすでに何組かが陣取っていた。


「こんな穴場があったなんて!よく知ってるねぇ大和くん」 


「生まれてからずっとこの町に住んでますから」


 酒が買えず落ち込んでいたレンさんはコロッと上機嫌になる。


「そこの建物の裏階段に座ろう」 


「うん。ってあれ、ここ入っていいの?」


「今日はいーの。はい、階段急だから気をつけて」


 レンさんの手を取って2人で階段を上がり、座る。


「もうすぐだね、花火。楽しみ」


 俺の腕時計を覗き込んで、ワクワクしているレンさん。


「浴衣、似合ってる」


「ありがとう。久々に着たらちょっと難しかったよ。大和くんの私服姿もなんだか新鮮。お母さんに挨拶しに行った時以来かな」


「あー。あの時ね。俺を襲わない宣言した、あの時ね」


 レンさんは遠い目をして、口を少し尖らせる。

 

「……改めて言われるととても照れくさいから言わないで」 


「で、どう? まだ俺のこと襲いたくならない?」


「襲いません」


「俺が襲うのはだめ?」

 

 レンさんはバッと俺を振り返ってあわあわして、それからふいっと反対側を向いた。


「だめです」 

「ちょっとだけだから」

「ちょっともなんでもだめです」

「残念。じゃ、気長に頑張るよ」

「なにを?!」


 その時、ヒュルルルルと空から音がして、パンッ!と夜空に大きな花が一輪、咲いた。


「わ!始まった!」


 その一発目を皮切りに次々と暗闇が鮮やかに彩られ、夏に別れを告げる花火大会が盛大に始まった。

 横を見たら、心底楽しそうなレンさん。大きな眼がキラキラ輝いている。

 花火がどんどん、打ち上げられる。


「海辺であげられる花火って初めて見るかも!海にも光が映って綺麗だね!感動も2倍!あぁすごい!」


 レンさんから取り返したコーラを飲んで、心臓に響く音を楽しむ。隣には、本人的には多分控えているつもりなんだろうけど興奮をぜんぜん隠しきれていないハイテンションすぎる25歳。楽しそうだ。

 

 あー。勉強、頑張ってよかったわ。


「本当に綺麗。一生の思い出になりそう。ありがとう大和くん」 


「どういたしまして」

 

 あー。そんな幸せそうな顔してさぁ。

 だめかなぁ。ちょっとだけ、ちょっとだけお近づきになるのは……


「それで、レンさん。色々頑張った大和クンにご褒美くれてもいいんすよ」 


「……また肩揉み? 次は速攻ヨモギ使うよ」


「ちゅーがいいな。ほっぺでいいんで。レンさんのちゅーが欲しいです」 


「高校生、色気づくんじゃない」 


「高校生なんで。そーゆーことで頭がいっぱいです」 


「き、君はねぇ……」


「ダメ?」


 レンさんの顔を覗き込むと、なぜかレンさんは怒り出して、これだから顔がいいやつは!調子に乗るなと、思いっきり俺の顔を両手で挟み込んで潰しにかかってきた。


 なぜ……

 

「レンざん、いだい」


「タコさんみたい。そうだ、どんなにいい男も顔を潰せばタコになる。タコさんだ。この若者はタコさん……」


 この人は何を言っているんだろう……

 

 背景の夜空には打ち上がっては消えてゆく、切ない花たち。


「タコさん。大和くんはタコさん!」


 背景とセリフが全然合ってない。


 それから技巧を凝らした花火がポンポン上がって、最後は怒涛のフィナーレへ。身体中が震えるような勢いで打ち上げ続けられる、儚い火薬の花たち。

 

 隣の人はいつのまにか空に向かって合掌し、拝んでいた。

 

 夜空に残った枝垂れ柳の花火の跡が、名残惜しそうに消えていって、静かな暗闇が戻ってきた。

 どこからかパチパチと拍手の音。


 レンさんはしばらくぼうっとして、終わっちゃったねぇ、と寂しげな声で言った。また来年も一緒に来よ、と言うと、レンさんは、来年かぁ。来年、来年、また来年……なんて、心ここに在らずという様子で呟いた。それからハッとして立ち上がり、タコさん行くよ!と言って、元気に階段を降り出した。

 

 なんだこの人。なんだこの人。


 真っ暗な空の下、電灯がポツポツと灯る裏道を2人並んで歩いていると、後ろから聞き覚えのある声。


「大和? 大和だよね?」


 2人立ち止まって振り返ると、あぁやっぱり。

 浴衣を着た女が俺のTシャツの裾を掴んでいた。

 その少し後ろには、何人か見知った顔がいる男女のグループ。

 レンさんは頭の上にはてなマークを浮かべている。


「やっぱり!大和だ。ひさしぶり!」


「リナどうしたの、わざわざ花火見に帰ってきたの」


「そうだよぉ。家まで誘いに行ったのに大和いないんだもん。寂しかったよ。……こちらは? 新しい彼女さん?」 


「そ」


「あ、彼女じゃないです」


「あれぇ、大和フラれてるじゃん。ウケる」


 恨めしげにレンさんを見ると、レンさんは真顔で、腕ででっかく「✖️」を作っていた。

 この女ァ……


「そんな警戒しないでください。私、大和の元カノの、リナっていいます」


「……はじめまして。大和くんの近所の者です」


「ご近所さん? ほんとにただのご近所さんですか? 花火大会に2人できてて?」


「リナ、うるさい」


「だってえ、こんな美人がいたら、大和、放っておかないでしょ」


「はぁ。そーだよ、放っておけないよ。もういいだろ、レンさん、行きましょ」 


「レンさんっていうんですか!私より歳上ですか?大和年上好きだもんね」


「大和くん、そうなんだ」


「おい、余計なこと言うなよ」


「大和、良い男でしょ。私が育てたんですよ!」

 

「リナしつこい。レンさん、行きま……」


 振り返るとレンさんが猛スピードで走り出していた。


「あ!おい!」


 慌てて走って追いかける。

 あの人……浴衣でよくあんなに早く走れるな!


 後ろからリナの声がしたが、振り返らず、ひたすら浴衣姿のサファリ女を追いかけた。

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