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第15話 花火大会へ

 この小さな町が唯一誇れる観光物、花火大会。海辺で打ち上げられる大量の花火を見に、今年も町の内外から大量の人がやってくる。屋台やキッチンカーが立ち並び、赤提灯があらゆるところにかけられて、普段静かなこの町が年に一度、とんでもなくハイテンションな夜空の大輪に揺さぶられる。


 レンさんはこの町の花火大会に初めて参戦するという。


「レンさん、この町の花火大会には暗黙の了解がありまして、女性は浴衣じゃないといけないんすよ」


「え、花火大会にドレスコードなんてあるの?」


「そうなんすよ。なんで浴衣着て、駅……は人混みヤバいんで、駅裏の郵便局のところに18時に待ち合わせでいいですか」


「わかった。浴衣かぁ、もう何年も着てないなぁ。着れるかなぁ……」


 そういって豆腐を切るのを放り出し、2階のクローゼットを漁りに行くサファリなレンさん。浴衣……持ってるのか?意外だな。


「大和君。ニヤニヤしすぎ」


 安田は皿を運ぶ手をとめて、冷めた目でこちらを見てくる。


「安田は黙って運んでろ」


「終わったよ。ご飯もう、よそっちゃっていいよね?」


「おう」


「でもまさか大和君がそんなに料理慣れしてるなんて思わなかったよ。意外だな」


「鍋なんて具材ぶち込むだけで、料理のうちに入らねーだろ」


「レンさんはそれすら苦労してたけど……」


「あの人、包丁使うの壊滅的に下手だから」


「レンさんが切ってる豆腐、デカいのが小さいやつの4倍くらいデカいよ」


「仕方ねぇ。レンさんだから」

 

 レンさんが居ないうちに、デカすぎる豆腐を切っておく。

 

 今日はレンさん念願の、安田を誘っての鍋パーティー。安田は、”その道の人”の家に行くのか……と覚悟を決めて、念のため遺書を書いてきたらしい。

 

 鍋の用意ができた。レンさんは2階から浴衣を持って降りてきて、窓際のアームチェアの背もたれにかけた。濃い藍色の生地に白や薄い桃色の花柄が描かれた浴衣に、生成色の帯。うん、色白のレンさんによく似合いそうだ。


「レンさん、鍋できました。食べましょ」


「あ!ありがとう。浴衣あったー」 


「浴衣、自分で着付けできるんですか?」


「うん。簡単な着物はひとりで着れるよ。安田くんは?花火大会、聡子さんと行くの?」


「聡子ちゃん、大勢人がいるような場所はまだ行けなくて。家で音だけ聞くって言ってました。俺はクラスの連中と行きます」


「え、大和くん、安田くんクラスの人と行くってよ、いいの一緒に行かなくて?!」


「いーよ俺は。レンさんと行くんだから」


「いやでも君。青春、青春が!青春が!」


「なんだよ青春って。ていうか、俺がなんのためにテスト勉強頑張ったと思ってんの?レンさんとの花火大会デートのためでしょ。ちゃんと付き合ってよ」


「へぇえええ」


 少し困ったように肩をすくめるレンさん。照れてるんだろうな、かわいい。


 浴衣ってエロいよな。なんて小声で呟く安田の、悟り切ったあと一周まわってバカになったような顔が腹立たしい。


◇◇◇


 花火大会当日、もう薄暗い夕方6時。


 待ち合わせ場所に行くと、浴衣姿に髪を後ろでまとめ上げた華奢な美人が小さな巾着袋を両手に持って、赤いポストの横に立っていた。知らない野郎2人組に話しかけられている。浴衣美人は俺に気付くとパァッと顔を明るくした。


「大和くん!あ、すみません、待ち合わせしてた人が来ましたので」


 野朗共が振り返り、俺を見て、じゃ!おねーさんありがとね!とササっと去っていく。レンさんは呑気に、はーいなんて手を振っている。


「はーい、じゃねえっすよ。なにナンパされてんの」


「そんなんじゃないよ。彼らはただ道に迷っていた子羊だよ。駅までの道案内をしてあげたの」


「それナンパの常套文句ね」


「大和くんもナンパとかするの?詳しいね」


「は?!しねーけど……はぁ。いいから、かわいいおねーさん。俺と一緒に花火、見に行きましょ」


「わーいナンパだ!」


 そういってニコニコ笑う今日のレンさんは……

 一段とかわいい!


 さて、普通に大通り沿いに歩いて打ち上げ会場までいくと、それはそれは大変な人混みだ。「人が多くて離れちゃうといけないから手を繋ぎましょ作戦」も考えたが、俺は地元の人間なので、地元の人間が大体みんなそうするように、商店街の狭い裏道を行くことにした。


 途中レンさんが、祭りといえば酒でしょうといい出し、コンビニに入った。酒を飲んでるところなんて見たことなかったが、好きなんだろうか。


 レンさんは梅酒を選び、真面目な未成年な俺はコーラを選ぶ。

 

 レジで年齢確認をされる。レンさんは、とっくに二十歳は越えてます!と主張するが、お姉さん若いでしょう、若くて綺麗な人にはねぇ、年齢確認できるものを見せてもらわないと申し訳ないけれど売れないよ、とベテラン感のある男性店員に粘られる。


 レンさんは財布から社員証を出した。でもそこに生年月日の記載はなかった。


 お姉さん、免許証は?――免許持ってなくて。

 マイナンバーカードは?――作ってません。

 保険証は?――見当たらなくて。

 パスポートを持ち歩いてたりは……――無いです。

 何も無いねぇ!!!



 店員は逆に驚いて、スッと梅酒を回収した。レンさんは大いに落胆した。


「元気出して。俺のコーラ、一緒に飲めばいいじゃん」


「酒……私の世代は祭りといえば酒なの……」


 裏通りの駐車場の一角、ブツブツと未練たらしいレンさんにコーラを渡す。レンさんは虚ろな目でそれをゴクリゴクリと飲みこんで、虚ろな目で俺に返す。俺はそのままそれを飲む。それをみてレンさんがハッとする。


「あ!だめだ、口つけたのあげちゃった!」


「はは。間接キスですね。ベタだけど」 


「虫歯菌!虫歯菌がうつる!」


「おい。雰囲気。雰囲気考えてください」


「虫歯に効く植物はまだ見つかっていないんだよ!」 


「はぁ。レンさんのならもっと分けてくれてもいいですよ」


「ダメです!もうこれは私の飲み物!」


 レンさんはそういって俺の手からコーラをぶん取った。いや、コーラ。俺が飲みたかったんだが……???

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