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第12話 経過観察

レンさんがお風呂に入ってる。

レンさんがお風呂に入ってる。

レンさんがお風呂に入ってる!


 シャワーの音が気になって、テレビの内容が頭に入ってこない。


 ソワソワと待っているうちにシャワーの音が止んだ。ペタ、っという足音。レンさん、風呂場から出てきたんだ。あぁ、つまり今、レンさんは……

 

 よからぬ妄想が止まらない。


「大和君、お風呂入る?入れる?」


 風呂場からひょっこり出て来たレンさんは、ゆるいTシャツにショートパンツ姿。首にかけたタオルで濡れた長い髪を拭きながら登場。よく漫画で見るやつ!


「さっきお袋が着替え持ってきたんで。……お風呂お借りします」


「はーい。シャンプーとか適当に使ってねー」


「うっす」


 はぁ……。

 レンさんが入ったあとのお風呂だ!


 風呂場のドアを開けると、レンさんのシャンプーの香りが充満していて、俺はそれを胸いっぱいに吸い込んだ。


 あぁ……。

 なんていい日だ!


 しかし。残念ながら、この先甘い展開は期待できないだろう。なんていったってこのお泊まりは「経過観察」なのだ。

 経過観察。なんて事務的で、甘くない響きだろう。

 

◇◇◇


 話は突然のお泊りをレンさんが切り出した時までさかのぼる。


「大和くん。私思い出しちゃったんだけどね、大和くんが飲んだドーピング薬、まだ一般人で実験してない薬だった。飲んだことあるの、特殊体質な私だけだった」


「……ん? それって……」


「でもね、一般人が飲んでも死にはしない!はず!」 


「そこは言い切れ!……あれ、言われてみれば体が重いような……」


「や、やっぱり〜」


「やっぱりってなんだやっぱりって」


 レンさんは腕を組み、真剣な表情で俺を見る。


「普通の人の体だと副作用が長引くかもしれない。命に別状はないはずだけど。でもやっぱり心配だから今晩は経過観察させてもらってもいい?」


「はぁ。経過観察ってなにすんの?」


「大和君は普通に寝てて大丈夫。私は数時間おきに脈とか数値を取らせてもらう」


「えー、レンさんのえっち」


「えっちじゃない。これは仕事だア」


 ーーということで、いつもよりも低く落ち着いた、これは不可抗力なんだぜというオーラを全面に出した声で、お袋に泊まることを電話した。なぜかすぐにお袋がやってきて、着替えや歯ブラシ、それから今日は使わなそうなブツが入った箱をわざわざ持ってきた。


 「コンビニで買っちゃった。一応。一応、ね!」ーーなんてニヤニヤしながら見せてきやがって。

 

 なんでお袋が買ってくんだよ……どんな親だよ……

 速攻奪い取り、レンさんに見られる前に袋にグルグル巻きに包んで隠した。


 ……やっぱり、すぐに出せるようにしといた方がいいか……?

 ムード、大事だもんな。ムード。ムードを壊さずにスムーズにやりたいよな。子供って思われたくねーしな。

 

◇◇◇

 

 風呂上がり、そういえば夕飯を食ってなかったことを思い出した俺とレンさん。レンさんの常時20個ほどストックされているカップラーメンコレクションから美味そうなのを選び、2人でズルズルと食う。ラーメンを食うレンさんの顔は本当に幸せそうだ。


 そういえばこの顔が、レンさんの化粧前の顔だよな……


「レンさんって化粧落としても全然顔、変わらないんすね」


「そう?!いや、シミとかシワとか出ちゃってるから……あんまり見ないで」 


「へー。そのままのレンさんも可愛いよ」


「……ありがとう」


 レンさんは目を逸らして、スープに浮かんだ小ちゃいメンマを箸で摘んで食べ始めた。


「レンさん照れてる?」


「イケメンは黙らっしゃい」


「レンさん、俺のことイケメンって思ってくれてるんだ? うれしー」  


「高校生、からかうな!」


「怒ってる顔もかわいーよ」


 本音を言っただけなのに。

 レンさんは深くため息をついて、無言でヌゥッと立ち上がった。


 やべ、からかいすぎたか?


 かと思うと、レンさんは洗面所に行き、無表情で歯磨きを始めた。

 

 …………。

 

 仕方なく、俺も歯磨きをする。

 シュコシュコシュッシュ。お口スッキリだ。


 歯磨きを終えると、レンさんが真顔でじっとこちらを見ていた。


「……レンさん、どーしたの」

「大和くん」

「はい」

「この際だからハッキリ言っておく」

「……なんすか?」


 レンさんはテレビ横の飾り棚に向かって、あのレトロな写真……レンさんと駿河聖のツーショット写真……を手に取って、それを俺に見せた。

 

「私は昔、この駿河のことが好きだった」


「え」


「大好きだった。それはもう、たまらなく好きだった。でも彼は私の手の届かない存在になってしまった。それはそれは辛かった。だからもう、恋とかそういうことはしたくない。今後もできないと思う」


「……」


「大和くんが私のことを慕ってくれているのはすごく嬉しい。でも私はもう、誰かにそういう感情は持てない。だからあんまり私を思い上がらせないで欲しい……」


「……レンさんはまた恋愛して傷つくのが怖いから、俺と距離を取りたいっていうの? へぇ。ちゃんと俺のこと恋愛対象に見てくれてるんだ」


「そうだよ。大和くんはかっこいいもの。こんないい男がいたら女は誰でも気になっちゃうよ」


「なればいいじゃん」


「いやいや、この気持ちが恋愛感情になってしまって、また傷つくのは……本当に怖い。ほら私豆腐メンタルだからさ」


「いやどこが……??」


「これを聞いて大和くんが遊びにこなくなっても、私怒ったりしないよ。よき隣人として接するつもりだから。なんなら植物のことも教えるし!その点は安心してね」


「……はぁ」


 明らかに不機嫌な俺のため息に、レンさんは不安そうな顔をする。

 

「気を悪くしたらごめん……」


「俺が、なんでムカついてるか、レンさんわかる?」


「え、えっと」


「はぁ。レンさん分かって無さすぎ。いいや、今日はもうやめやめ。さっさと寝るわ。俺、レンさんのベッドで寝ていい? 被験者だからいいよね」


「あぁ、うん……」


「じゃ。俺が寝てる間、勝手に脈でもなんでも取っといて。おやすみ」


「あ、うん。おやすみ……」


 途中までしか上がったことのない、2階への階段を登りきる。


 吹き抜け横の2階の空間は、その8割ほどがベッドに占拠されていた。1人で寝るには大きすぎるベッドだ。ムシャクシャして、そこに大の字になってダイブする。


 はぁ。

 レンさんの香りだ……。


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