第10話 大和の恩返し④
ピンポーン。
『はい……え?どちら様……将太くん?』
扉がガチャっと開く。おばさんはびっくりした顔をしながらもすぐに入れてくれた。ボロボロになった大和君と俺は、玄関に腰掛けて一息つく。
将太くんどうしたの、こんなに怪我して!何か冷やすもの、絆創膏もいるわね、なんて言って、おばさんは奥に取りに行った。
「今のがサトコちゃん?」
「ちがうよ。聡子ちゃんのお母さん」
「はは。ちげーか」
ボロボロの顔で笑う大和君。イケメンってボロボロでもイケメンなんだな……
おばさんは保冷剤やガーゼをたくさん持ってすぐに戻ってきた。そして大和君のことをまじまじと見て、こちらは……?と聞くから、同級生の大和君です、と答えた。大和君は、どーも。と軽く会釈した。どうも、と言って、おばさんは大和君にも保冷剤を渡す。
「おばさん、聡子ちゃんに伝えてほしいんだけど」
「聡子に? なあに?」
「もうアイツは二度と聡子ちゃんに近づくことはないから。安心して外に出ていいよ、って」
「アイツって……将太くん、もしかして」
「すごかったですよ、安田。サトウの腕に必死にしがみついて、殴られても振り払われてもずっとしがみついてて。あのサトウ相手に闘ってました。謝れ!聡子ちゃんに謝れ!って叫びながら、必死にやってました」
「将太くん……聡子のために?」
「聡子ちゃん、なんにも悪くないのに。許せなくて、アイツ、あんなに優しい聡子ちゃんのことを傷つけて……」
おばさんは目に涙を溜めて、俺の頬にガーゼで巻いた保冷剤を優しく当てた。
「将太くん、こんなに沢山怪我までして。聡子のためにたたかってくれたのね。ありがとう」
「俺も頑張りましたよ」
「ありがとう、大和君もありがとう」
おばさんは笑って、大和君の口元にも保冷剤を当てた。
階段からミシッと音がした。
見上げるとパジャマ姿の聡子ちゃんが2階から降りてきていた。驚いたような、悲しそうな顔をしている。
「聡子ちゃん!」
「将ちゃん、ひどい怪我……」
「ごめんね聡子ちゃん、遅くなって」
「え?」
「本当はもっと早くアイツを懲らしめたかったんだけど、遅くなってごめんね。でももう大丈夫だよ、聡子ちゃんに代わって俺がアイツを懲らしめといた!アイツ、歯も折れて、顔もボロボロで、ひっでえもんだったよ。もうすっかり気落ちして、二度と女の子を傷つけるようなことはしません、今まで関わった女の子にも絶対近づきません、って。言わせたから!
ちゃんと証拠の動画だって撮ったからね!だから聡子ちゃんはもう何も怖がなくていいよ。外に出て大丈夫。アイツはもう二度と聡子ちゃんのそばに来ないから」
「どうして、将ちゃん、喧嘩は嫌いって言ってたじゃない、どうしてこんな怪我までして、そんな無茶するの……」
「だって……聡子ちゃんの笑った顔が見たくて……」
小声でゴニョゴニョという俺の前に、聡子ちゃんはぺたんと座った。そして湿ったガーゼで俺の顔をそっと拭きはじめた。ガーゼに赤黒いシミが増えていく。
「それでこんな無茶したの?」
「う、うん……強力な味方ができたからさ」
聡子ちゃんは俺の横にいる大和君を見た。そしてまた俺の顔をまじまじと見た。
「将ちゃんよりイケメンね」
「え?!今そういうこと言う?!」
すると聡子ちゃんは、大きな口でアッハッハと笑いだした。それはもうジブリ映画のように豪快だったので、俺もおばさんも多分大和君も、目を丸くした。
笑い終わって、聡子ちゃんは今度は床に突っ伏して、うわああんと泣きはじめた。
「さ、聡子ちゃん………?」
ゆっくり手を伸ばして、その背中に触れる。じんわりと温かい背中をゆっくりさする。少しずつ、泣き声が落ち着いてくる。
横からイケメンが首を出す。
「サトコさん、安田がガリ勉してる理由、知ってます? 東京のいい大学行って、いい就職先を見つけて、サトコさんをこの町から連れ出すためらしいですよ。どんだけ時間かかるんだよってね」
「うわ、ちょっと!言わないでよ!……あれ?大和君にその話したっけ?」
「おー、本当だった。適当に言ったんだけど」
「えええ」
大和君はケラケラ笑い出す。おばさんはニッコリしながらもまた目に涙を溜める。聡子ちゃんは……
ゆっくり顔を上げて、目を赤くして、まだヒック、ヒックしながら、でもきっと今の聡子ちゃんができる精一杯の笑顔を、俺に見せてくれた。
「将ちゃん、ありがとう。ありがとう、将ちゃん」
そう言って聡子ちゃんはまた、ガーゼで俺の顔についた乾いた血を拭ってくれた。
「将ちゃんカッコいい。こんなカッコいい男の子がそばに居たなんてね、私なんで気づかなかったのかな」
「へ、へへ……」
照れくさくて、目の前にある可愛い女の子の顔が見れない。
「将ちゃんが悪いやつをやっつけてくれた」
「え、へへ。……正確には俺たちが、だけど」
「でも無様なアイツの姿、見てやりたかったな」
「動画見る?」
「いや、やっぱりまだいいわ」
聡子ちゃんは肩をすくめて小さく微笑む。
今は小さくてもいい。これから大きな笑顔を見せてくれたらいい。
飲み物とってくるわ、とおばさんがいうと、大和君は立ち上がって、俺の分はいいです、もう行くんで。と言った。でもその傷じゃ歩くのも辛いでしょう、と聡子ちゃんが言うと、大和君は笑って、俺だけのお医者さんが待ってるんで。じゃあな安田、また明日。と言って玄関から出ていった。
おばさんは、イケメンねぇ。とため息をついた。
はぁ。イケメンってどこまでもムカつくな。
あと明日は学校、休みな。