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その動画を、雪華が目にしたのは偶然だった。
本当にただの偶然だった。
「馬鹿なヤツはいるもんだなぁ」
と、今や彼女の師匠的な立ち位置にいるその人物は言葉を漏らして、雪華にその動画を見せてきたのだ。
くだらない、そして下品な動画だった。
なにせ、モザイク処理こそされているものの、全裸の男性がメシアが被っているのと同じデザインの馬マスクを被って動画実況をしていた。
聞こえてくるくぐもった声。
それに、目を丸くした。
驚いたのだ。
それは、純粋な驚きだった。
動画が進んでいくと、メシアと呼ばれている少年が現れた。
こちらも馬マスクを被っている。
どうやらこの二人で、レアアイテム【浄玻璃鏡】を探しに行くらしい。
なにがどうして、そんなものを探しに行くのか。
途中から見た雪華にはよくわからなかった。
動画を最初から見ようかなと思ったけど、やめた。
そんなことより、驚きが勝ってしまったのだ。
「……戻ってきたんだ」
雪華からそんな言葉が漏れた。
雪華の視線は、全裸男に釘付けになっていた。
雪華は彼を知っていた。
「どうした?」
師匠みたいな存在――スレ民達は【厨二病】と呼んでいるその人物は、不思議そうに雪華へ聞いた。
「……ちょっと、ここに乱入したいんだけど」
問いには答えず、雪華はそんなことを口にした。
眼帯で覆われていない方の目は、まるで無邪気な子供のようにキラキラと輝いていた。
「?」
厨二病は疑問符を浮かべる。
「この全裸男に会いたい」
「意外、こういうの好きなんだ」
「……うん」
てっきり、ムキになるか蔑むかするかと思ったのに、雪華は以外にも素直に頷いてみせた。
「昔、動画投稿してた人だ。
私、この人の動画を観て、憧れたから」
「変なキッカケだなぁ」
なんとでも言えばいい。
事実なのだから。
あのころ、家の中はゴタゴタしていて、笑うことすらできなかった。
両親と姉の関係が破綻を迎えつつあったのだ。
それは多大なストレスとなって、雪華に襲いかかっていた。
別に両親や姉からなにかされたり、言われたわけじゃない。
それでもあのギスギスした空気は、雪華の精神を蝕んでいた。
まだ子供だった。
なにも知らない子供で、だからこそ、お姉ちゃんが両親に逆らわずいい子にしていればいいのに、と見当違いな考えすら持っていた時期だった。
楽しいというのがなにかさえ忘れかけていた。
そんな時、彼の動画に出会ったのだ。
再生数は一桁台。
定期的に見ているのは、雪華だけであった。
やっていることは、この動画と全く同じことだった。
けれど殆どの人に見向きすらされていなかった。
その動画で、雪華は久しぶりに笑えたのだ。
それからは夢中になって彼の動画をみた。
他の動画もたくさん観た。
けれど、いつの間にか全裸男の動画投稿はされなくなり、彼自身の活動も完全に停止した。
いわゆる、失踪となったのだ。
それでも、雪華が受けた影響は大きかった。
あんなふうに楽しい動画を自分も投稿してみたい。
さすがに全裸にはなれないけれど、でも、あんな風に楽しそうに……、とそれがキッカケだった。
だから彼女はここにいる。
「なんとでもどうぞ」
彼女は厨二病の許可を待たずに、動き出していた。
杖をブンブンと振り回して、体の調子をチェックする。
それからバックパックを用意して、念の為様々な補助アイテムを突っ込んでいく。
「えー、ガチで行くん??」
厨二病が言ってきた。
反対しないところを見ると、行ってもいいのだろう。
「ダメなの??」
それでも一応聞き返しつつ、雪華が厨二病を見る。
厨二病は難しそうな顔をして、自分の携帯端末を見ていた。
「んー、まぁ、別にいいけど」
言いつつ、今度は雪華の手にしている動画を見る。
なにやら考えていたが、自分の持つ携帯端末が震えたので、そちらを見た。
「おやまぁ」
厨二病から楽しそうな声が漏れ出た。
「なによ?」
雪華が聞いた。
厨二病がニマニマ微笑んで、こう言った。
「動画実況、解禁するかね。
好きなだけ暴れて来い、雪華」
「……は??」
戸惑う雪華。
しかし、構わず厨二病は彼女の眼帯を見た。
そして、
「その眼もよろっと使いこなせるだろ」
そう言葉を続けたのだった。