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自宅へ帰る。
恋の様子からして、もしかしたら出ていったかもしれないなとも考えていたが、いた。
普通に留守番をしてくれていたらしい。
なんとも言えない困った顔はそのままだ。
「とりあえず、甘いもの食いながら考えよーぜ」
と、冬真は提案した。
「考えるって、なにを?」
精神的に、いっぱいいっぱいなのだろう。
恋はそう返しただけだ。
「アンタの無実を証明したり、とか?
その方法考えよーぜってこと」
恋は目を丸くした。
「そんなの、できるわけ」
「出来るよ」
有無を言わせず、冬真は断言した。
それから、テーブルを挟んで恋と向かい合って座る。
椅子に腰を下ろしながら、
「授業で習っただろ?
ほら、SSSランク以上のダンジョンで手に入るアイテムで、捜査や裁判とかで使われてるのがあるだろ。
【じょうるりのかがみ】とかいうやつ」
「浄玻璃鏡、ね」
「そうそう、それそれ」
死後、地獄で生前の行いを裁かれる際に使用されるという鏡と、まったく同じ名前のついたアイテムだ。
ダンジョンで手に入る【浄玻璃鏡】はその性能も、地獄で使用されているといわれているものと同じだったりする。
つまり、生前の行いを映し出す。
現代において、このアイテムは事件などの捜査や、地獄同様裁判において使用されている。
使い方は単純だ。
死んだ生物をその鏡にうつすだけだ。
「それを使って、アンタの親父さんの遺体を映せば、鏡に死の直前の光景が映し出されるはずだ。
その時、本当の犯人がわかる」
「…………」
「アンタなら強いから、SSSランクダンジョンに行って取ってこれるはずだ」
恋は考えている。
冬真はさらに続けた。
「生憎、俺は手伝ってやれないけどな」
ここで恋は、驚いて冬真を見た。
しかし、それも当然か、という顔になる。
「俺はアンタみたいに強くない。成績だって普通より悪いくらいだし。
だから、SSSランク以上のダンジョンには怖くて行けないし、そもそも許可が降りないだろうな」
恋の考えを読んだわけではないだろう。
しかし、冬真はSSSランクダンジョンに挑戦できない理由を饒舌に並べ立てた。
「……もっと物静かな方かと思ってたけど、すごく喋るのね、貴方」
恋はここでようやく冗談めかした返しをした。
「そうか?」
そうかもしれない、と思いながら冬真は返した。
思い出すのは両親と暮らしていた頃のことだ。
そりゃ、かまって欲しくて物凄く話しかけていたのだから仕方ない。
親の気を引きたくて、必死に話しかけていた記憶がある。
親に対しては無駄だったけど。
(いや、こうして説明するのに役立ってるから無駄じゃなかったな)
人生に無駄なことなんて無いのかもしれない、と悟ったようになってしまう。
事実、恋との会話もだが、スネーク達とのやり取りでも役立ったと思う。
必死になって話しかけるのを、スネーク達はちゃんと聞いて反応を返してくれたのだから。
ちゃんと反応が返ってくるのが楽しくて、彼女たちに保護されてからはめちゃくちゃ話しかけていた気がする。
「人間、いちばんわからないのは自分のことだからな」
「?」
「人ってさ、自分の顔だけはどうしたってちゃんと見られないんだよ。
一生な。
鏡の話になったから言うけど、鏡に映った顔は直に見た顔じゃないだろ?
他人を見る時のように、自分の目にうつるわけじゃない。
あくまで、鏡っていう道具を使って見た顔だ。
だから自分の顔は一生ちゃんと見ることができないんだ」
「哲学?」
「違う違う。
そんなん小難しいことじゃなくて、自分のことをわかってるようでわかってないって話。
俺、お喋りだって言われたの初めてだったからさ」
そこで冬真は話を戻した。
「まぁ、【浄玻璃鏡】云々は、提案に過ぎないから。
どうするかは、アンタが決めればいい。
ここには居たいだけいていいよ」
「え、え?」
「行くところあるなら別だけど」
「それは、その」
そこで、恋は冬真を見て純粋な疑問を投げてきた。
「あの、どうしてここまでしてくれるの?」
冬真の脳裏に、スネークたちに助けてもらった時のことが蘇る。
どうして自分を蘇生させたのか、助けてと言うことすら出来ずにいた自分に手を差し出したのか、純粋に疑問だったのだ。
冬真の疑問にスネーク達は答えてくれた。
その時言われた言葉を、今冬真は恋へと投げた。
「困った時はお互い様だろ」
それで、この日の話はおしまいとなった。
それから数日、恋は部屋で寝泊まりをした。
さすがに冬真の世話になりっぱなしというのはどうかと考えたのか、冬真が学校に行っているあいだ、家事を担当してくれた。
学校では、恋の悪い話題で持ちきりだった。
しかし、彼女の無実を信じているものもいた。
八十代超えの老女である。
恋とはそれなりに交流のあったこの老女は、同級生や担任から恋について訊かれる度に、
「何かの間違いだと思うのよ。彼女はそんなこと出来ないわ」
こう答えていた。
「彼女に、聞きたいことがあったんだけれど。
こうなったら仕方ないのかもねぇ」
なんて、冬真にも言ってきた。
「聞きたいこと?」
「えぇ、ほら、お馬さんの動画なんだけどね。
あの動画で、バベルに挑戦するものがあったの。
そしたらダンジョンで大昔に亡くなった人が沢山、モンスターになって出てきたことがあってね」
魔族のことだろう。
「はぁ、それが?」
「その人達、いいえとある人の事について聞きたかったの」
「なんでまた?」
そこで彼女は、どこか切なそうに懐かしそうに右手のくすり指の付け根をさわった。
さわりながら、
「久しぶりに懐かしい顔をみたから、かしらねぇ」
そう言った。
老女のいう懐かしい顔、というのはキール・ロンドのことだった。
どうやら老女と彼が知り合いらしい、というのは察せられた。
思えばこの老女は、キール・ロンドの活躍をリアタイしている世代だ。
だからこそ、思うところでもあったのだろう。
しかし、なんとなく詳しく聞くことはやめた。
老女が遠くを見ているような目をしていて、聞く気が失せたのだ。
さて一方、恋は彼女なりにこの数日悩んでいた。
その恋の目に、結果的に彼女が手に入れたアイテムがうつる。
【夢幻絵巻】だ。
かろうじて、落とすことも奪われることもなかった、ダンジョンの攻略本とされているアイテム。
悩んで悩んで、悩みまくったが、そのアイテムに背中を押された。
答えを出したのだった。
老女からキールのことを聞いた日。
帰宅すると、恋の姿は無かった。
代わりに置き手紙と、家賃と世話になった謝礼と思わしき現金が置いてあった。
冬真は携帯端末を取り出すと、早速新しくスレ立てしてこの数日間の事を報告した。
《キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!》
《動いたか!!》
《さてさて、それじゃスレ主はどうする??》
《キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━ !!!!!》
《キタ━━( ゜∀゜ )━( ゜∀)━( ゜)━( )━(゜ )━(∀゜ )━( ゜∀゜ )━━!!!!》
《キタ━━(゜∀゜≡゜∀゜)━━ッ!!》
報告を待っていたスレ民によって、スレはお祭り騒ぎとなってしまった。