21
冬真が恋と実況者のことを紹介する。
二人はそれぞれ挨拶を交わした。
挨拶を交わした後、口を開いたのは実況者だった。
「事情は聞いた。
その上で言う、あんた、探索者向いてないよ。
帰りな。
家の事情だとか、金が必要だとか、探索者はみんなそれぞれ理由があってダンジョンに潜ってるから、こんなこと本当は言わないのがマナーだけどな。
でも、お嬢さん。
あんたは弱い、雑魚だよ」
恋は実況者の言葉に、何かを言い返そうとする。
でも、それを言わせず実況者は、ただまっすぐに恋の瞳を見つめながら続けた。
「もしも、あんたを最初に見つけたゴーストリーマンや、そこのスレ主がいなかったら、どうなってたか?
理解できてるか??
良くて行方不明、悪くて魔族に転生だ。
後者なんて、言葉すら通じずただただ他のモンスターや、探索者を殺し続ける存在だ。
あんた、そんな存在になりたいのか??」
「……っ、私は!!」
「あー、いいから。
私の使命はー、とか、こんな事情があるのー、とか、そういうのいいから。
誰かにお手伝いしてもらわなきゃ、パパに頼まれたお使いも出来ない奴、ここじゃただの雑魚だ」
実況者の煽りに、恋が指を鳴らす。
――パチン――
同時に、実況者が右手の人差し指を軽く振る動作をした。
何も起こらない。
恋は戸惑う。
その横で、冬真は苦笑した。
「発動が遅すぎる」
実況者が淡々と呟いた。
瞬間。
パシっと、冬真が実況者の手首を握っていた。
「さすがに、やりすぎですよ。
あなたは、モンスターでも魔族でもないでしょ??」
実況者は冬真の言葉に、やれやれといった反応を示した。
冬真は実況者の手首を離す。
それから、恋を振り返り、
「この人に攻撃を加えるな。
指、へし折られるぞ」
現に、冬真が止めていなかったら、実況者は恋に身の程を弁えさせるため彼女の指か、腕を折っていたところだ。
実況者は、基本的におだやかな性格だ。
けれど、攻撃を仕掛けられた時は倍返しが基本である。
今回は急所を狙っていないだけ、まだそこまで怒っていないのだろう。
「さっきのでわかったとは思うけど、魔法も無効化出来るしな、この人」
さらに実況者自身が補足説明する。
「その無効化をさらに無効化できるのが、リ……じゃなかった、スネークなんだけど」
あやうく、スネークの名前を言いかけてしまう。
「まぁ、それはまた別の話か」
「とにかく、この人は怒らせない方がいい」
「人を短気みたいに言うなよ。
結構、理性的だぞ俺は」
「知ってますよ」
「この子みたいなタイプは、とにかく実力の差ってやつを見せつけるのが早いから、そうしようとしただけだし」
「肉体言語での会話も、下手するとパワハラになりますよ。
さっきの言動だって、モラハラになります」
そこで、実況者は笑った。
アハハ、と笑った。
笑いながら、
「そんなニンゲンの世界の常識が通用するとこかよ」
なんて言ってくる。
「一応、国なり、どっかの名家が所有、管理してる、みたいな扱いだけどな。
監視や管理ができてる、とか心のどっか、頭のどこかで考えてると、色々ひっくり返されるのがダンジョンだぞ。
ダンジョンの中はな、現実世界とは違うんだ。
だから……」
実況者が、言葉の途中で冬真の目の前から消えた。
次には、その姿は恋の目の前にあった。
実況者は恋の両手首を拘束し、そのまま彼女の足を蹴って体勢を崩すと地面へと押し倒した。
「俺や、スレ主が本気を出せば、こっち方面の暴力だって簡単に行える」
ゾッとするほど冷たい声で、実況者は恋へ言う。
「人だって殺せる。
それこそ、売れ残った人身売買の商品の不法投棄をしてる奴だっているくらいだ」
恋はそこでつい、スレ主を見た。
冬真はその視線を受けて、肩をすくめただけだ。
紙袋の下の表情は、わからない。
「そして、それは罪にすらならない。
俺が言えた義理じゃないが。
いまや配信だ、実況だって色んな探索者が遊んでるけどな。
忘れられてるが、本来ダンジョンは、ランクに限らず無法地帯だ。
ここじゃ、ニンゲンもモンスターになる。
たとえ魔族にならなくてもな、モンスターに、怪物に、バケモノに成り果てる」
そこで、実況者は恋をやはりまっすぐに見て、問いかけた。
「お嬢さん、お嬢さんは、そんな存在に成り果てる覚悟はあるか??」
恋は、答えられなかった。
彼女は自分の強さに対して絶対的な自信があった。
本気を出せば、誰にも負けないと自負していた。
けれど、本気すら出せずに彼女は実況者に組み敷かれている。
「無いなら、帰りなさい。
少なくとも【バベル】は、お嬢さんみたいな常識のある人がいていい場所じゃない」
実況者はそう言って、組み敷いていた恋から離れた。