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《いや、聞かれても困る》
《本人に聞いてみれば?》
スレ民達が答えを知ってる訳もなく、そんな書き込みがされる。
そんな中、恋を見つけたスレ民が書き込んだ。
《万能薬諸々で、絶対助かるのはわかってるんだが。
腐る前に来てくれると助かる》
湿度が高くなってきているので、腐敗が早いのだ。
「了解了解っと」
冬真はすぐに、スレ民と恋がいるダンジョンへ向かった。
身体強化をして、走ったので三分もしないうちに着く。
そのダンジョンは、バベルには及ばないものの塔の形をしたダンジョンだった。
十階層のダンジョンである。
その入口に、無惨な死体となった姿で転がされている恋と、それに付き添うスレ民がいた。
恋には背広が被せられている。
付き添うスレ民は、ワイシャツ姿の男性であった。
三十代くらいだろうか。
一緒にダンジョンに潜ったことは無い。
つまり、現実では初対面の男性である。
「毛布か、ブルーシートがあれば良かったんだけどな」
と、男性は言った。
どうやらそのまま置いておくことに気が引けたらしい。
「失礼します」
男性とそして、死んでいる恋に断って冬真は背広を取った。
首が胴体から離れている。
それだけではない。
鋭い爪かなにかで引っかかれたのだろう。
可愛らしく、美しく整っていた顔が耕されたかのようにズタズタになっていた。
腹もやはり鋭い爪で切り裂かれたのか、内臓が出ている。
「…………」
辛うじて耕されずに済んだ左目が、恨めしそうに冬真を映している。
《なぁなぁ、どんなー?》
《かなり酷い感じ??》
《あまり状態が酷いと、万能薬使えないだろ??》
全く現状の説明がされないので、スレ民達が早く報告しろと書き込みが加速する。
「いま、万能薬試してるとこ。
あ、ダメだな。
首は繋がったし、腹の傷も消えて出てた内臓もとりあえず元通りに納まったけど。
生き返らない」
冬真の説明が書き込まれた。
《首、とれてたんかい》
《腹も酷い状態だったみたいだな》
《傷は消えても命は戻らずかぁ》
「タナトスの秘薬、あったかなぁ??
無かったらまた取りに行けばいいんだけど」
冬真はバックパックに詰め込んだアイテムをゴソゴソと探す。
今日は完全に趣味のため、バックパックの中身をそこまで確認していないのだ。
運が良ければ、底にでも転がっているはずである。
「あ、あったあった!」
紫色の毒々しいポーションのような液体の入ったガラス瓶が取り出される。
「じゃあ、これを振りかけて、と」
まるで料理に塩コショウでも掛けるかのように言う冬真へ、処置を見守っていたスレ民が待ったをかけた。
「おい、いいのか?」
「はい?」
「顔」
スレ民は短く指摘した。
それだけで冬真には十分であった。
そして、このやりとりは何故か掲示板へと書き込まれてしまう。
掲示板に張り付いているスレ民達も、ハッとする。
《そうだよ、このまま恋を生き返らせるの不味くね?》
《すぐに意識が戻るかどうかもわからんし》
《戻らんことの方が多いが、万が一ってこともあるし》
《雪華の時とはまた状況が違うしなぁ》
《発見したスレ民も顔バレすることになるよな?》
《スレ主も、普通の専門学生として通ってるわけで、恋に知られるのは不味いよな?》
《マズいと言うか、一応コラボ企画一緒にした相手で、同級生でもあるからな、恋って》
《え、どうするん??》
《スレ主、あの馬のマスク持ってる??》
「今日はさすがに持ってきてないなぁ」
というか、さすがに臭いが気になったのでお手入れして干してるところだ。
ここにはない。
そして、予備もない。
《え、じゃあ、恋、このまま??》
《マスクの有無で生死分かれるの、なんか嫌だな》
冬真は恋を発見した男性を見た。
男性は、その視線に気づいて、
「俺は見られても大丈夫、それこそ無免無資格だから」
つまり、探索者として登録していないので、探そうとしても無理ということらしい。
《野良探索者でゴーストかい》
「ゴースト、とはまた言い得て妙だなぁ。
念の為、彼女の携帯も確認したけど、モンスターに襲われた時に壊れたっぽいから。
生き返った時に隠し撮りされる心配もないし。
だから俺は顔バレしてもノーリスクなわけ。
でも、スレ主は違うからさぁ」
《なんか、馬マスクの代わりになるもんでもあればな》
《代わりに、ねぇ??》
「マスクの代わりか……」
男性は呟いて、自分の持ってきていたカバンをゴソゴソやりだした。
そして、少し大きな紙袋を取り出した。
銘店や結婚式等でもらう菓子や引き出物が入ってる紙袋だ。
「これ使おうか。
目と口のところに穴を開ければいいでしょ」
男性はその紙袋の画像を掲示板に貼り付けた。
そして、冬真へと渡す。
《おいwww》
《なんでこんな紙袋持ってんだwww》
《あ、地元の和菓子店のじゃん。
ここのどら焼き美味いんだよなぁ》
「汚れた靴とか服とか入れるのにちょうどいいんだよ」
《うちのオカンみたい》
《野菜とか入れるのにもちょうどいいんだよな》
《ゴーストは主夫かな?》
「いや、ただのリーマン。
パワハラモラハラ上司へのストレスを、モンスターにぶつけに来てるだけの、ただのリーマン」
《殺人事件起こす前に、モンスター大量殺戮してるわけか》
《え、なに?ブラック企業勤め??》
「会社はホワイトだよ。
上司がブラックなだけ」
《そんな企業あるんか》
「有給取れるし。ボーナスもちゃんと出してくれるから。
上司以外はホワイト」
そんなスレ民と男性のやり取りの横で、冬真は渡された紙袋を加工する。
目と口のところに穴をあけ、被った。
それを携帯端末で撮影し、掲示板へと貼り付ける。
《おいおいwww》
《マジでやるつもりかwww》
《Wwwww》
大草原となった掲示板へ、冬真はポツリと呟いた。
「このまま、死なせとくわけにもいかないし」
《ま、そりゃそうだ》
《まぁなー》
スレ民達も同意する。
そして、冬真は【タナトスの秘薬】を恋に使ったのだった。
時期的に腐敗臭を放ち始めていた恋から、その臭いが消える。
顔に生気がもどり、胸が呼吸で上下しはじめる。
それを確認して、すぐに動いたのは恋を発見した男性だった。
「じゃ、あとはよろしく♡」
「え、へ?!」
言いおいて、男性は血まみれの背広を回収すると、さっさとダッシュしてその場から去った。
つまり、後のことを冬真に押し付けたのだった。
「ちょ、第1発見者ぁぁぁ!!!!????」
冬真が叫んだ直後、
「う、ん??
あれ、わたし??」
鈴を転がすような声が、聞こえてきた。
恋の意識が戻ったのである。