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数日後。
雪華がダンジョン配信の活動を休止する旨を発表した。
その発表は速報となって、日本国内を駆け巡った。
人気配信者の活動休止は世の中の話題をかっさらうには十分すぎるのである。
同時に、さまざまな憶測も飛び交った。
しかし、雪華が発表した活動休止の理由は至極単純なものであった。
【今後の活動についてのお知らせ】というタイトルの動画内で、彼女は真摯に説明した。
『自分の未熟さを痛感することが多くなり、今一度自分自身を見つめ直すために活動を休止することを決めました』
とのことで、さらにここに言葉が続いた。
『ここまで応援していただいた多くの視聴者の方々には、突然の活動休止の発表となり申し訳ありません。
ですが、自分自身を見つめ直し、またさらに面白く楽しい配信活動をするため、この決断に至ったことをご理解頂きたくおもいます。
拙いながら、私の動画を見にきていただき本当にありがとうございました。
このように言ってしまうと引退か、と言われそうですがあくまで活動の休止、お休みですので、またいつかひょっこり帰ってくることはお約束します。
それまでの間、どうかお待ちいただけたら幸いです』
生配信での報告動画は、皮肉にもいつもより同接数が延びた。
そのことに雪華は苦笑せざるを得なかった。
努力や工夫を重ねてここまで来た。
でも、ここよりさらに先を目指すための活動休止だ。
ずっと彼女の動画を見てきた古参視聴者たちは、活動休止を惜しんだ。
しかし、この発表を好意的に受け取る者ばかりでは無かった。
雪華が動画内で説明した【未熟さ】について、メシアとのあれこれだ、とすぐにピンと来たもの達がアンチ行為へと走ったのである。
メシアの動画のコメント欄、SNSのアカウントが荒らされ始めたのである。
おまえのせいで、雪華が活動休止したじゃないか、と。
生配信だった為、とある視聴者がそのことを雪華の動画内でコメントして知らせた。
そのため雪華はこのことにも、言及することとなった。
携帯端末を片手に、メシアの動画のコメント欄が荒らされてることを確認してから、
『視聴者の皆様におかれましては、メシアと呼ばれている彼、スレ主とのことが今回の活動休止に繋がった、と考える方もいると思います。
もちろん、関係ないとは言えません。
ですが、これは私が自分で決めたことです。
彼とのことはあくまで切っ掛けに過ぎません。
むしろ、私は彼に、そして彼の協力者であるスネークに感謝しているんです。
このような形ではありましたけど、自分を省みる機会に巡りあえたのですから。
だから、どうかあの人たちに対して迷惑行為を行なわないでください』
そして、雪華は頭を下げたのだった。
善意でアンチ行為をしていた者達は、すぐにコメントを消しにいった。
しかし中には悪ノリでコメントを残す者もいた。
それらはすぐにスネークが対処した。
結果的に数時間後には、いつも通りのコメント欄とアカウントの光景に戻っていた。
動画配信後、雪華はすぐにスネークへ連絡を取った。
結果的にメシアの動画コメント欄や活動アカウントを炎上させてしまったことへの謝罪のためだ。
『律儀だなぁ!お嬢さんがまさか謝罪までしてくるとは!!』
アッハッハ!!
とスネークは携帯端末の向こうで笑った。
炎上してる現状が面白すぎる、とでも言いたげな声だ。
「まぁ、迷惑かけたのは事実だから」
『いやいや、大人になったな!
俺達はそういう奴は好きだぜ?
さっきの配信、スレ主のやつも好感がもてるしお嬢さんへのイメージが変わったって言ってた。
良かったな』
なにがどう良かったのかはわからないが、とにかくメシアもスネークも気にしていないようなので、雪華はホッとした。
『そうそう、スレ主のやつにちょっと電話代わってくれって言われたから、代わるな』
スネークが唐突にそんな事を言い出した。
かと思うと、電話の相手が代わる気配があり、聞きなれたメシアの声が届いた。
『あー、その、なんか気を使わせたみたいだな。
……こっちは気にしてないから、アンタが俺たちのために頭を下げる必要なかったんだぞ』
「私なりのケジメというか、誠意みたいなものだから」
『……じゃあ、こっちもちゃんと謝っておこうかね。
悪かったな、ドローン壊して』
「今更……、それこそお互い様でしょ」
『だな』
言い合う二人の声は、どこか楽しそうだ。
『また、いつか活動を再開するんだろ?』
「うん、いつになるかはわからないけど。
絶対またする。
だって、ダンジョン配信好きだもん。
誰に何を言われても、どんなに邪魔をされたって絶対続ける。
私はこの活動が好きだから、今回は休みに入るけど、でも絶対に辞めることはない」
『そっか、それじゃ。
休みが終わったら、またコラボ配信でもするかね。
俺としてもこの前のはちょっと面白かったから』
それは、メシアなりのリップサービスだ。
雪華はそのことに気づいていたが、こう返した。
「そうだね。
また、いつかコラボ配信できたら嬉しいな。
……改めて、助けてくれてありがとう。
企画も、怖かったのはそうだけど、でも楽しかった。
蛇、スネークさんにもよろしく言っといて」
今にも通話を切りそうな雰囲気の雪華に、スレ主はふと思い立ったことをたずねた。
『そういえば、自分自身を見つめ直すってことだけど、修行でもするのか??』
「まぁね。
それこそ、君はよく知ってる人達が訓練してくれるっていってくれたから」
『……へ?』
「スレ民の人達が、鍛えてくれるんだって。
それじゃ、またね。メシア、じゃなかった。
スレ主、でもないか。
……またね、鈴木冬真君」
最後の最後で、雪華は冬真の驚きをかっさらってしまった。
電話の向こうで、冬真が鳩が豆鉄砲を喰らいまくったような表情をしていることなんて想像もせずに、雪華は微笑んで通話を切ったのだった。