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スネークは言葉を続けた。
『おっと、その前にお嬢さんに話がある』
係長と主任が雪華を見た。
雪華の姉はつまらなさそうに、自分の携帯端末を弄っている。
「話?」
『打ち上げいつにする?』
「は?」
雪華から、心底意味がわからないという声が漏れた。
声こそ盛れなかったものの、係長と主任も不意をつかれたのか目を丸くしている。
『意識戻ったんだし。
パーッとやろうぜ、パーッと』
その部屋の中で、雪華の姉だけが額に手を当て、『あーあ』と言わんばかりである。
しかし、雪華も係長も主任も蛇からの通話に気を取られ、そのことにきづいていない。
「そんな事のためにわざわざ電話してきたのか?」
疲れたようにそういったのは、係長だった。
『まぁなー。
探索者連盟のお二方のことは、まぁ事のついでかな』
「どこまでもふざけてるな」
『ふざけてないと探索者なんてやってらんないだろ。
なぁ?
壁の花を決め込んでる、お嬢さんの姉ちゃん、墨華さん?』
「…………はぁ」
雪華の姉――墨華はため息を吐き出した。
『スレ主といい、墨華といい家族のことで苦労してんなぁ』
「え、お姉ちゃん、この人と知りあいなの??」
「あんたには関係ない」
『そーそー、お嬢さんにはあんまり関係ないことだよ。
ただ、探索者界隈じゃお前の姉ちゃん、めちゃくちゃ有名ってだけだから。
聞いたことくらいあるだろ?
【ダンジョン崩し】がそいつだよ。
有名ついでに、俺と一緒にスレ主……アンタらが言うところのメシアを育て上げたナカーマ?みたいな感じかなぁ。
知らなかっただろ?
お嬢さん??』
情報量が多すぎて言葉を失う雪華。
【ダンジョン崩し】なら知っている。
暴れまくって、本来なら壊れないはずのダンジョンを破壊しまくる探索者のことだ。
けれど、正体までは知らなかった。
探索者連盟のWebページには、そんな情報は載っていないからだ。
その横から、係長が墨華を見て言ってくる。
「ということは、雪華さんよりお姉さんから聞き取りをした方が早いというわけか」
「…………まぁ、そうでしょうね。
少なくとも、あなた達が知りたがってる技術は私も使えるし」
墨華は否定せずに頷いてみせた。
「なら、我々が来た時に最初からそれを話せば良かったのでは?」
「聞かれませんでしたから」
墨華はどこまでも飄々としている。
「それに、世間知らずな妹に社会勉強させるいい機会かなと思ったので。
私はすでに実家を勘当されてます。
今回は、親の身勝手さ、最後のお願いというやつでここに派遣されたに過ぎないですから。
甘ったれた妹への意趣返しが出来てスッキリしました」
「お、お姉ちゃ……」
「もう一度言うけど、あんたはちゃんと就職した方がいいよ。
探索者なんて辞めた方がいい。
ビギナーズラックだけで活動できるほど、甘くないから」
言いつつ、雪華に向けられた墨華の目はとても冷たかった。
雪華は姉の顔から視線を外す。
そして、そのまま彼女の下腹部を見た。
その服の下には大きな傷がある。
先程墨華自身が指摘した、本来なら命を育む内臓があるはずの場所だ。
かつて大怪我をした際に失われてしまったが。
万能薬ですら、治癒は不可能だったのだ。
「何よりも、スネークなんかと連むとろくな事がないからさ。
打ち上げにも行かない方が身のためだよ」
『酷い言われようだなぁ』
蛇の呟きには反応せず、墨華は係長と主任を見る。
そして、
「スネークにも嫌がらせがしたいので、知っていることなら何でも話しますよ?」
墨華は微笑んでみせた。
そして、付け加える。
「なんなら、弟子も呼びましょうか?
それなら、あの楫取恋の実家が出てくることもないでしょう?」
これには、係長達も驚く。
「知っているのですか?
楫取家のことを」
ただ、雪華だけが蚊帳の外だった。
しかし、それに構わず墨華は首肯した。
「伊達に生き残ってきてないので。
探索者連盟としても楫取恋を尋問することは避けたいはずですよ。
彼女の実家は厄介なことで有名ですから」
そうして雪華が気づいた時には、姉の墨華が探索者連盟に連行される事が決まっていたのだった。
係長と主任、そして姉が退室したあと、雪華は一人残された病室で悶々と考える羽目になった。
何故、姉がこのタイミングで自分の前に現れたのか。
何故、あんなことを言ってきたのか。
姉は、記憶の中の姉は優しいままだ。
両親の怒りをかって、勘当されたけれど。
それでも、雪華にはずっと優しかったのだ。
だからこそわからなかった。
姉は両親のことを嫌っていた。
今ならその理由はわかる。
姉は冷遇されていたのだ。
冷遇されていた姉が、嫌っていた両親に頼まれたからといって素直に従うだろうか?
あの姉は我が強いのだ。
たしかに墨華は雪華に優しかった。
でも、必要以上に雪華にも関わろうとしなかった。
今なら、その理由も理解できる。
墨華にとって、雪華は疫病神のような存在だったのだと今なら理解できた。
だから尚のことわからない。
「なんでお姉ちゃんは、ここに来たの?」
その問に答えてくれる者はいない。
「それに【楫取家】ってなんなの??」
あの恋の実家だということはわかる。
けれど有名だなんて知らなかった。
姉と、探索者連盟から来た係長達の会話から察するに、有力者かなにかの家なのはわかる。
それも、特別扱いされるような家なのだろう。
気づくと、雪華は携帯端末を操作してなんとはなしに【楫取家】について調べてみた。
けれど、有力な情報は出てこなかった。
不思議なほどに、なにも出てこなかった。
その時だ。
何故か、彼女の脳裏にメシアのことが浮かんだ。
続いて、メシアがずっと利用していた掲示板のことも思い出す。
雪華には縁が無かったが、実況掲示板以外にも悩みなどを相談する者がいるとも聞いたことがある。
廃れつつはあるものの、存続はしているのだ。
もしかしたら、誰かしら反応してくれるかもしれない、と何となく考えて、雪華は初めて匿名掲示板へとアクセスしたのだった。