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ダンジョン【レンフィールド】の出入口に、雪華と恋は放置されていた。
探索者連盟本部の【管理部】からの依頼で派遣され、到着した特殊部隊の隊員たちは、意識のないこの二人を保護した。
二人は意識のないまま救急外来へ運び込まれたのだった。
その後、そのまま精密検査をする流れとなった。
検査をしている中、彼女たちの実家にも連絡がいき家族が病院へと駆けつけてきた。
二人が意識を取り戻したのは、全ての検査が終わって、数日後。
駆けつけてきた家族が、何度目かの説明を受けている時だった。
それぞれ病院側の都合で、別々の個室を割り当てられていた。
雪華の方には姉が駆けつけていた。
「あんた、もうこれで懲りたでしょ?
もう十分でしょ?
遊んでばかりいないで、ちゃんと就職しな」
医者からの症状やら今後のことについての説明が終わり、姉妹だけとなった部屋で、雪華の姉はそう言った。
「なに、お父さん達から説得でも頼まれた?」
雪華の姉は頷いた。
「父さんや母さんはおばあちゃんの介護や仕事で来れなかったけどね。
連絡受けた時、大変だったんだから。
それでも、勘当した娘を頼る程度には冷静だったみたい」
雪華の姉曰く、両親は卒倒しそうになったらしい。
すぐにでも雪華の運び込まれた病院へ来て、連れ帰ろうとしていたくらいだ。
実行出来たとしても、病院関係者が止めただろうが。
「それは、ごめん」
「ちゃんと反省してない」
「なんでわかるの?」
「本当に悪いと思ってるなら、もう心配かけないよう大人しく言うこときくはずだから。
私はあんたの、【はい、わかりました。就職します】って言葉を聞きたいの」
「はあ?!
なにそれ、私の人生でしょ、口出して来ないでよ!!」
「あんたは火遊びのスリルを楽しんでるだけ。
実際は火遊びどころじゃないけどね。
動画投稿だっけ?
そんなくだらないこと、もう辞めな。
就職先なら、いくつかアテがあるし。
なんなら、母さんが知り合いのとこ紹介してくれるってさ」
「だから!!」
「就職が嫌なら、待ってるのはお見合いと結婚だよ」
「は??」
「グロいこと言うけど、私と違ってあんたは妊娠しちゃえば探索者なんて出来ないからね。
子育てしてる間は、普通に生きてる限り腹に風穴を開けられたり、喉を切り裂かれることもない。
母さんはノリノリで縁談相手さがしてる。
父さんもか」
「だから、なんで勝手に」
そもそも、妊娠出産だって命をかけることは変わらない。
死亡例だってあるのだ。
ダンジョンで殺されるか、妊娠出産関連で死ぬかの違いしかない。
妊娠出産だってノーリスクなわけではないのだ。
極端なことを言ってしまえば、雪華にとってはそのどちらかで死ぬなら子供を産んでから死ね、と家族から言われているように感じたのだ。
「勝手に、じゃないでしょ。
あんたは中古とはいえ、車をかってもらった。
探索者として好き勝手今まで生きてきた。
それは家族が不満や不安を感じつつも支えてきたから。
私と違ってね。
そう、私と違って父さんと母さんに愛されてきたから。
そのツケを払う時がきたってだけでしょ」
「とにかく、帰らないし、探索者も引退しないから!!
お見合いもしない、結婚もしない!!」
ツケとは言うが、独立してからは実家への仕送りも毎月欠かさずおこなっている。
なんなら、車こそ購入してもらったが維持費は雪華が払っている。
同年代で就職した者のうち、ほとんどが家にお金を入れてないし、車の維持費も親に払ってもらってる者が多い。
その中では、雪華は普通に家にお金を入れている方だし、自分のことは自分でやっている方だ。
「そもそも、別に探索者やるなら就職してからでも出来るでしょ。
動画の制作や配信だってそうじゃないの?
お遊びの趣味なんだから」
「私にとっては、遊びじゃないの!!」
遊びじゃない。
仕事だ。
好きなことを仕事にしたのだ。
だから、嫌なことだってたくさんある。
それでも、好きなことを仕事にしてお金を、生活費を、実家への仕送りを稼いでいるのは事実であった。
でも、家族にとっては、それは遊びでありちゃんとした稼ぎではないらしい。
稼いでるのはその通りなのに、おかしな話だ。
少なくとも姉には言われたくなかった。
姉なら、理解してくれていると信じていたのに。
雪華が悲鳴に近い声を上げた時、
――コンコン
と、個室のドアがノックされた。
「はい?」
てっきり医者か看護師かと思い、雪華が返事をする。
ドアが開いて、スーツ姿の男性二人が入ってきた。
三十代後半くらいの男性と、雪華の姉とそう変わらない二十代前半程の青年である。
二人とも、首からネームプレートを下げていた。
所属部署と並んで、男性の方には【係長】、青年の方には【主任】と、役職が記載されている。
しかし、名前の記載は無かった。
「お取り込み中のところ、すみません」
男性が頭を下げ、自己紹介をする。
「我々は探索者連盟【管理部】の者です。
先日のダンジョン探索について少々お聞きしたいことがあり伺いました」
係長と主任は、ネームプレートをまるでドラマの警察官が警察手帳を見せるあの場面のように掲げながら、そう言った。