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一方、このことで大混乱になってる場所がもう1つあった。
探索者連盟の本部である。
「ふざっけんなよ、無名連中がぁぁああ!!!!???」
本部の建物の中にある一室から、喉が潰れるんじゃないかという叫びがあがった。
探索者の活動を監視、管理している部署、通称【管理部】からその叫びはあがったのである。
この部署で係長をしている男だ。
今日も今日とて諸々の事情で休日出勤し、連日の残業からくる胃痛と戦っていたところにさらなるストレスで、胃がひっくり返りそうになっている可哀想な人である。
ちなみに、諸々の事情というのは冬真達の配信からはじまった問い合わせ地獄の対応などである。
他の部署でも阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれていたりする。
「いやぁ、無名じゃないでしょ。
雪華も恋も、元々知名度あったし」
係長の叫びに答えたのは、部下の一人である青年である。
この部署に配属されて三年目の主任の地位にある。
二人の視線の先には、大きな薄型テレビがある。
そこに流れているのは、コメントを消した状態のメシア達のダンジョン配信動画であった。
「とりあえず、胃薬どうぞ」
係長を支えて三年目ともなれば、上司の扱いにも慣れてくる。
係長だけでなく、この部署の人間は仕事柄ストレスによる胃痛に悩まされている者が多い。
そのため、胃薬が常備されているのだ。
「俺たちの仕事増やしやがってぇえええ!!」
叫ぶのは多少、ストレス解消になる。
「あー、わかりますわかります。
俺、この馬と蛇のせいで嫁の出産、立ち会いできなかったんですよ~。
ほんと、もう、刺したいですねぇ」
HAHAHA、と乾いた笑いを浮かべているが、その腹の中は煮えくり返っていた。
仕事内容に不満があるなら辞めろ、と言われそうだが、それが出来るのなら不満なんて募らせない。
「とくに、この馬は馬刺しにしてやりたいですねぇ。
蛇は、鶏肉みたいとは聞くので串焼きにしたいですねぇ」
そしてまた、HAHAHAと笑った。
係長もHAHAHAと笑った。
やり場のない怒りを多少とも発散するかのように、笑った。
そんな二人を嘲るように、部署内に設置された外線が鳴り響く。
加えて、二人に支給されている携帯端末も着信を知らせてきて、外線のコードを引っこ抜き、携帯端末を叩きつけて破壊したい衝動を抑えながら、主任は係長に聞いた。
「それにしても、どうやって【迷いの結界】を解いたんでしょうね?」
その視線の先には、SSランクダンジョン【レンフィールド】内部にて、ドラゴンを倒していくメシアこと冬真、雪華、恋の三人の姿が動画に映し出されていた。
【迷いの結界】というのは、【レンフィールド】のような特別な事情により、探索者の立ち入りを禁止するための魔法である。
ダンジョンがこの世界に現れて数十年が経過した。
その間に、魔法を使ったさまざまな技術開発も進んできたのだ。
【迷いの結界】はその成果の一つであった。
「破られた事は一度も無いんでしょう?」
言いつつ、主任は何気なくリモコンを操作して、コメントを表示させた。
あっという間に弾幕となったコメントが流れていく。
さらに操作して、動画は消してコメントだけの一覧を表示させた。
「研究者が長年の試行錯誤の末、開発した技術だぞ。
そんな話があったら、とっくに報告されてるはずだ。
って、なにしてるんだ??」
係長はコメントの一覧をチェックし始めた主任へ訊ねる。
「いや、意外とこういう所にそういうヒントがあったりするんですよ」
「よく動画見るのか?」
「たまに、ですけど。
でも実況は実況でも、ゲーム実況ですけどねぇ。
いまや、ダンジョン配信がメインになって絶滅危惧にあるジャンルですよ」
「よくわからん」
係長はそう言った文化に触れてこなかった人間だ。
ダンジョン配信ですら、名称や存在こそ知識として知っていたものの、この部署に異動になって詳細に触れたくらいである。
「まぁ、興味が無ければ知らない文化って山ほどありますからねぇ」
なんて呟いた直後、主任はその書き込みを見つけた。
「あっ」
「どうした?」
「これ見てくださいよ」
係長にもチェックしてもらう。
係長はその書き込みを見て、言葉を失ってしまった。
それはたった三つの書き込みであった。
《蛇、このダンジョンの常連なのになぁ》
《しかも、蛇、20階層まで攻略してるよな》
《報告してなかったんだろ、どうせ》
普通に動画を見ているだけなら、埋もれ、流されてしまっただろう書き込みは、一覧にはちゃんと載っていたのである。
それを見た係長は、
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!??」
奇声を上げ、加齢により薄くなりつつある頭を、血が出るんじゃないかというほど掻きむしったのだった。
一方、主任はというと、
「報告書作成、始末書に、今後の対策会議かぁ、HAHAHA」
笑って、自分の携帯端末を取り出す。
そして表示された生まれたばかりの皺くちゃな娘と幸せそうに微笑む嫁が写っている画像を見て、
「パパ頑張るからね!梨里ちゃん!!」
死んだ目でそう口にした。
ちなみに、梨里というのは青年の娘の名前である。
「と、とりあえず、これはもう予想外というか想定外すぎる。
部隊に連絡して、こいつら捕獲してもらおう」
「えー、部隊申請やっちゃいます?」
主任の声には、
「犯罪者じゃないのに」
という意味が込められていた。
部隊というのは、時に犯罪に手を染める異能力者を無力化するための特殊部隊のことである。
異能力を使って、他者を害する者は昔から存在した。
その者達に対抗するために組織された部隊である。
「少なくとも、【迷いの結界】を解いてるのは事実だ。
それも、定期点検時にそれをやったと気づかせない技術ももってるってこった。
部隊を投入するには十分すぎるだろ」
「ま、そうですね。
ダンジョンは危ないですから。
でも、そんな魔法技術があるならほかのダンジョンにも使えばいいのに。
そしたら、探索者なんていなくなるのに」
「それが出来ない程度には、ダンジョンから見つかる道具類の売買、流通は経済を支えてるんだよ。
今更そんなこと出来ないと思うぞ。
日本だけそれが出来たとしても、世界の国々はしないだろうな」
「ま、そうですよねぇ」
「それに、それを考えるのは俺たちの仕事じゃない」
「わかってますよ」
そんな二人を、やはり嘲笑うかのように外線は鳴り響いていた。