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「まぁまぁ、そんな生き急ぐなって」
今のところ、視聴者に向かっては何も喋らない二人をなだめて、冬真はそう言った。
そして、今回配信実況するダンジョンの説明をはじめる。
「今日、潜るのはSSランクダンジョン【レンフィールド】だ」
《よりにもよって、ここかー》
《呪われたダンジョンのひとつな》
《???》
《呪われたダンジョン?》
《ダンジョンの説明はよ(ノシ 'ω')ノシ バンバン》
《説明してくれ》
「おう、あのなこのダンジョンは」
しかし、説明を始めた冬真の言葉を遮るものがいた。
恋である。
「探索に入った者の精神を犯すダンジョン。
このダンジョンに攻略に来た者は、精神に異常をきたすということで有名です」
「おや、知ってたか」
「はい、有名ですから」
《有名なの?》
《どーだろ?》
《Sランクオーバーのダンジョンを攻略した探索者の間だと有名とか?》
《そういえば、探索者ってランク付けみたいなのあるの?》
《たしかに、漢検みたいに準二級とか、一級とかそういうのあるんだろうか?》
このコメントに答えたのは、雪華である。
「探索して戻ってこられたダンジョンのランクに応じて格付けされるの。
意外と知られて無いけどね」
《え、じゃあ、昇級試験とかは??》
「無いわ」
「無いですね」
雪華と恋の声が重なる。
雪華が少し、ムッとした顔で恋を見た。
恋は、変わらず淡々とした表情である。
《へぇー、そうなんだ》
「私も、探索者になるまでテストのようなものがあると思ってました。
でも、現実は低いランクのダンジョンの探索依頼を受け、少しづつ実績を積み、高ランクダンジョンに挑戦していく、というのがセオリーです。
探索者免許取り立ての人が高ランクダンジョンに挑戦しようとすると、基本受付の時点で止められます」
《あ、一応止めるのね》
《でも、確実に止めるわけでもないだろ?》
《だよなー、初心者、それもメシアみたいな学生がAランクより上のダンジョンに潜ってニュースになる、ってのはたまに見かけるし》
「一旦止めておかないとその探索者が死亡した場合、責任を負わされることになりかねないですから。
危ないからやめておけ、と説明はしました、でも、やる、と決めたのは死亡した探索者本人です。
だから、この死亡は自己責任ですって言えますからね。
これは私の師匠曰く、ですけど」
《恋ちゃん、師匠いるのか》
《学校の先生のことじゃね?》
説明が脱線しかけているので、冬真がそこで口を挟む。
「話を戻すぞー。
さっきも説明したが、このダンジョンは精神に異常を来たすとして有名だ。
でも、潜った全員が全員、そうなるわけじゃない」
《ふむふむ》
《なんで、そんなダンジョンを選んだんだ》
視聴者達から疑問の声があがる。
それに答えたのは、蛇だった。
「え、だって肝試しみたいで楽しそうだから」
《そんな理由かwww》
「あとは、Sランクオーバーのダンジョンに挑戦してみたくてうずうずしてる奴がいたからなぁ。
それと、ここはスレ主も潜ったことがないダンジョンだから」
蛇の言葉の直後、ドローンが雪華をアップで映す。
蛇の言葉は続く。
「それに、謎を解いてみたいだろ?
なんで、精神に異常をきたすやつがいるのか?
このダンジョンには何があるのか?
今のところ、このダンジョンは5階層までしか探索されていない。
純粋にSランクオーバーのダンジョンに挑戦できる力量のやつが少ないのと、ただでさえ少ない探索者の精神がやられる可能性が高いわけだ」
《そんなところに、貴重な人材投入すんなよ、しかも配信で》
このコメントに、雪華と恋がそれぞれこたえる。
「甘くみてもらったものね。
まぁ、たしかに一度死ぬっていうミスをやらかしてるから仕方ないけど。
私は、その汚名返上も兼ねてるの」
「こうでもしなければ、SSランクダンジョン関連の依頼を受けるまでに、色々手間があるので。
私としては好都合です」
《おいwww戦闘民族www》
《可愛い顔して、戦闘民族やwww》
《あ、そういや思い出した、雪華、お前メシアにありがとう言ったか?》
《そういやそうだな》
《雪華がここにこうしていれるの、メシアのおかげなんだからありがとうくらい言えよー》
《汚名返上なら、まず、ありがとうだろ??》
このコメントに、雪華は唇を噛み締める。
それから、キッと馬マスクを睨む。
《別に言う必要なくね?》
《そうそう、そういう救助はある意味当たり前のことなんだから》
《メシアは義務を果たしただけだろ》
《お礼の強要かぁ》
《でも、超超超貴重なアイテム使ったわけだろ、メシアからしたら損失じゃん》
《だよなー》
《雪華、すっげぇメシアのこと睨んでる》
コメントでは、ありがとうを言う、言わないで意見が真っ二つに割れていた。
「……俺個人としては、助けたからには、やっぱり命は大事にして欲しいなぁとは思う」
言いつつ、冬真は馬マスク越しに、自分を睨んでる雪華を見た。
「雪華さんは、俺の事嫌ってるみたいだけど。
俺は雪華さんには生きててほしいと思うよ。
そうじゃなければ、助けてない。
まぁ、探索者なんてしてるとそれも綺麗事だけどね」
「……っ」
ギリっと、雪華はさらに血が出るほど唇を噛む。
そして、俯いてしまった。
けれど、言葉は出てこない。
喉まで出かかってるのに、出てこない。
言ったら負けのような気がして。
口に出したら、負けるような気がして、出てこない。
何に負けるのか、自分でもなんでこんなにその一言を言うのを躊躇うのか、わからなかった。
そんな中、とある雪華のファンがコメントを書き込んだ。
《雪華のファンの一人としては、メシアには感謝しています》
《ありがとう、推しを助けてくれて、命を救ってくれて》
《本当に、ありがとう》
「……あ」
そのコメントは、雪華の目にも映った。
記憶が蘇る。
初めて、ダンジョンの配信実況を見た時の楽しさと、わくわくと、憧れ。
そして、初めてダンジョン配信実況をした時の、数字に囚われていなかった頃のことを思い出す。
それが、硬くなっていた口を動かした。
1回、大きく息を吸って吐いて、それから雪華は今度は睨みつけもせず、ただただ真っ直ぐ、馬マスクを見た。
「??」
冬真は疑問符を浮かべて、雪華を見返す。
雪華は冬真に近づいて、程よい距離のところで立ち止まる。
そして、
《え?!》
《頭、下げてる??》
《あのプライドがクソ高い事で有名な雪華が、頭を下げてる!!》
「色々、失礼な態度をとってごめんなさい。
そして、ありがとうございます。
貴方のおかげで私はここにいられる」
これが、精一杯だった。
今の雪華の精一杯の、ありがとうである。
「どうした、いきなり……?」
さすがに冬真が訊ねた。
すると、雪華は照れくさそうに声をひそめて、
「考えが変わったの。
それに、私を応援してる人たちにこれを先に言わせるのは本意じゃなかったから。
ダンジョンへ入る前に、言っておかないと後悔すると思ったし。
それに、このままじゃ視聴者が気持ちよく実況を見られないかなっておもった」
そういってきた。
そんな雪華の顔は、憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしている。
「…………」
その様子を、恋はやはり淡々と見ている。
いや、少しだけ冷たい、蔑むような視線を向けていた。
しかし、それに気づく者はいなかった。
そして、SSランクダンジョン【レンフィールド】の配信実況がはじまったのだった。