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「みつけた」
と、楫取恋は、静かに呟いた。
そんな、恋を見て蛇もポツリと、
「うお、すっげぇ美人」
そう漏らした。
冬真がすかさずツッコミを入れる。
「うわぁ、聞く人によっては嫌味に聞こえるやつぅ」
なぜなら、蛇のマスクの下の顔も、美女と呼ばれるレベルだからだ。
それこそ、恋よりも上の美しさである。
それを知っているのは、冬真とスレ民の連中くらいだが。
そんなことには構わず恋は二人へ向かって言葉を投げる。
「見つけたので、約束守ってください」
鈴を転がすような声で、静かに、けれど意志の強さがわかるほどはっきりと恋は言った。
《約束?》
《約束ってなに?》
《アレじゃね?コラボ企画のやつ》
《そういや動画の冒頭で言ってたな》
《この子、動画は投稿してなかったと思うけど、出たかったのかな?》
《そういや、よく見ればドローンが無いな》
「企画参加者さんかぁ」
蛇が、やはり楽しそうに言う。
一方、冬真はというと、
「ほんとに参加する人いたんだ」
ちょっと呆れ気味である。
これには視聴者達が総ツッコミを入れる。
《そりゃいるだろ》
《売名のチャンスなんだ、いるよ》
《ダンジョン特定しようと頑張ってた俺たちに喧嘩を売る気か》
《こっちだって頑張って特定しようとしてんのに(´;ω;`)》
恋は携帯端末こそあるものの、一々チェックなどしていない。
そのため、そんなコメントが書き込まれ流れているなどわからないので、
「……似てる」
そんな言葉をもらした。
恋の視線は真っ直ぐに冬真へ向けられている。
恋の言葉に、視聴者達が反応する。
《似てる?》
《恋の知り合いか?》
《まぁ、メシアはSSSSSランクダンジョンを攻略してるっぽいし》
《どっかのダンジョンでメシアと楫取が顔を合わせてても不思議じゃないが》
「えっと、君みたいな美人さんとお近付きになってたなら覚えてるはずだけどなぁ」
冬真はすっとぼけた。
本当は平日なら毎日顔を合わせている相手だからだ。
とは言っても、会話は数えるほどしかしていない。
《今の時代、下手に容姿をほめてもセクハラになるから難しいよなぁ》
《わかる》
《褒めてもいいが、ただし相手も同じレベルの美男美女に限る》
《イケメンに限るってやつか》
このコメント群に、蛇が反応する。
「いや、スレ主はイケメンだぞ」
《は?》
《は?》
《はい?》
《え、イケメンなの?》
「少なくともアイドルやれそうなくらいには、顔立ち整ってる」
《おいwww》
《なんでアイドルやらずに探索者やってんだwww》
「人の事情は人それぞれだからなぁ」
蛇はそう言うだけにとどめておいた。
親が違えば、環境さえ違えば、冬真がここにいることはなかっただろうことを、蛇はよく理解していたからだ。
《なんで、そんな整った顔立ちしてるなら馬のマスクなんてしてんだよwww》
《身バレ回避のためじゃね?》
《でも、見た目が良いなら顔出しした方が得だよ。CM出演の仕事とか来るだろうし》
《バラエティ番組とかにも呼ばれそうだよな》
《んで、十代半ばっつー若さがある》
《メディアが放っておかないだろうなぁ》
《メシアの存在って、ほんと話題性は十分だよな》
そんなやり取りを、確認しつつ現場に向かっている者がもう1人いた。
雪華である。
郊外へ車を走らせる。
専門学校へ入学する時に、親からその祝いとしてプレゼントされた国産の軽自動車だ。
今や、ダンジョンに向かう時の相棒として乗り回している。
ラジオ代わりにとメシアの動画を助手席から流していたのだが、別のダンジョン探索者に先をこされたことはわかった。
ラジオ代わりなので、動画をみることはできない。
つまり、コメントも見られないのでメシアが対峙している人物が女性であることくらいしか、雪華はわからなかった。
「出遅れた!!」
舌打ちして、毒を吐き、アクセルをめいっぱい踏む。
法定速度ギリギリのスピードを出して、目的地へ急ぐ。
とはいえ、そこはもう目と鼻の先だった。
ヒントはたくさんあった。
Cランクダンジョンであること。
半年ほど、探索依頼が出続けていたこと。
幻想的なダンジョン内の光景。
探索依頼に関しては、探索者連盟のホームページを確認すればすぐ調べられる。
そこに条件を絞って検索すれば、数件の候補依頼にたどり着くことができた。
その依頼の全てが奇しくも、受注済みとなっていた。
さらにここで、その各ダンジョンの場所を確認した。
というのも、恐らくメシアの活動範囲は雪華の活動範囲と被ると予想されたからだ。
雪華が初めて、メシアと出会ったダンジョン。
その次に、メシアが動画投稿するために潜ったSSSSSランクダンジョン。
雪華が初めて負けて、死にかけたあのダンジョンは彼女が住んでいる街から自転車でも行ける場所だ。
SSSSSランクダンジョンはバスと電車を利用することになるが、それでも一時間から二時間圏内の場所となる。
そして、帰りの時間と、その際のバスと電車のダイヤを確認すれば、だいたい彼が何処からきているのか予想が出来てしまう。
死ぬほどめんどくさい調査だったが、それによって雪華は今メシアが何処にいるのか突き止めたのだった。
やがて、目的地へとたどり着く。
ダンジョンの周囲は危ないので基本的に民家はない。
ダンジョンが発生したとわかった時点で立ち退きを余儀なくされるからだ。
適当な空き地をみつけ、雪華はそこに駐車する。
それから転がるように外へ出て、走った。
Cランクダンジョンへと、一直線に走った。
それを彼女の三代目となる最新式のドローンが飛んで追いかける。
撮影が開始される。
配信が開始される。
そのダンジョンの入口は、民家の中にあった。
今は誰も住んでいない廃屋。
そこへ足を踏み入れる。
中には穴があった。
おそらく、先に着いたあの女がやったのだろう。
「ふふ、ふふふ」
ちょっと怖い笑いが、雪華からもれた。
《あ、雪華たん配信してる》
《ライブ配信だーヾ(●´∇`●)ノ》
《まってた》
《メシアの方も気になるし、こっちのちゃんねるも気になるし》
《どっち見ようか迷う(*・ω・*)wkwk》
配信開始とともに、雪華が視聴者へ説明をはじめる。
「いつも見てくれてる皆さん、ありがとうございます。
それじゃ、今日も配信やっていくのでお付き合いください。
さて、今回は私の命の恩人さんへ会いに行っちゃおうとおもいまーす」
《え?》
《へ?》
《雪華たん、メシアがいるダンジョン突き止めたん?!》
「そうそう、突き止めました!
向こうもそういう企画やってるっぽいんで、これからあってきマース!」
なんて言った直後、ドローンが大穴を映し出す。
《え、穴?》
《これもしかして、さっきの子が開けた穴??》
「それじゃ、行っきマース!!」
雪華が大穴へと身を踊らせる。
《落ちたァァァ!!??》
《まぁ、雪華たんだし》
《死にそうな目にあったのになぁ》
《女は度胸、嫌いじゃないぜ》
雪華の動画のコメントも大いに盛り上がり始めた。