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検証班の立てたスレッド。
それを見ていた全員の視線が、リオへと向く。
冬真もリオを見ていた。
リオは、冬真も初めてみる表情をしていた。
無だ。
無表情だ。
人形のような表情で、リオは携帯端末を取り出すと。その場の全員の視線から逃げるように、背を向けた。
端末を操作し、誰かに電話をかける。
おそらく、掲示板内で出てきた【その人】に掛けているのだろう。
やがて、相手が通話に出たらしい。
これまた今まで冬真が聞いたことのない、今にも泣きそうな震える声で、リオが通話相手と話す。
時折、【コウさん】とリオが相手の名前を口にした。
「……お願い、できますか??」
事情を説明し、相手からの返答をまつ。
リオの視線は地面へ向けられていた。
冬真達に背中を向けているので、表情はわからない。
「ありがとう、ございます」
すぐに話はついたようだった。
通話を終え、くるり、とリオが冬真達へ向き直る。
「そのままここで待ってろ、だってさ」
掲示板で話題にした人物、【その人】がこれからここに来る、という事だろう。
そう全員が受け取った。
しかし、現実は違った。
待つこと、おそらく五分ほど。
また、リオの携帯端末に着信があった。
同時に、それは起こった。
言われた通りに待機していた冬真たちスレ民の前へ、魔族が転移し、出現したのである。
「……は??」
そんな間抜けな声を誰が出したのか。
しかし、リオ以外の全員がすぐさま戦闘態勢へ入り、その魔族へ襲いかかった。
リオの耳へ、携帯端末から男の声が届く。
『 魔族、届いたかー??』
「えぇ、ありがとうございました」
『 いいっていいって。
そんじゃ、あとで結果を教えてくれ。
それによって今後の動き方を話し合おう』
「協力、してくれるんですか?」
『当たり前だろ。
ようやく事態が進展するかもしれないんだ。
俺としても、アイツがこれ以上壊れる前になんとかしたい。
リオちゃんもそうだろう??』
すでに壊れてしまったリオの恩人。
これ以上、壊れきってしまう前になんとかしたい。
それが、リオとコウの願いである。
リオの恩人は、その生い立ちが複雑すぎる。
それゆえ、元から壊れていた。
でも、家族を得て少しずつ少しずつ、歪ながら回復していった。
そこをまたぐちゃぐちゃに壊された。
どんな形であれ、二年前にリオを助けるために失った家族を自分の手で殺すということをしてしまった。
それから、リオの恩人は壊れつつある。
傍目にわかるように狂っているわけではない。
これは近くにいるからわかることだ。
明らかに、リオの恩人は壊れつつある。
リオや他の従業員に対して、無体を働くとか怒りっぽくなったとか、そんな目に見えるものではない。
どこがどう壊れつつあるのか、説明するのは難しい。
けれど、リオや恩人の幼なじみであるコウにはわかるのだ。
リオを拾ってくれた恩人、【綺羅星屋】の店長が壊れつつあるのが。
リオは通話を切ると、スレ民と魔族の戦闘へ視線を移した。
出現した魔族は、ネームバリューこそないが。
たしかな実力者であった。
二本の角に、背中には悪魔のような羽。
ダンジョンの中で遭遇した時のように、その魔族は冬真達へ攻撃を開始した。
戦闘は一気に激しくなった。
爆発とともに爆炎が樹海を包み、空へと立ち上る。
その異変に、世間は気づかないわけがなかった。
なにせ現在バベル含め、樹海に存在するダンジョンには冬真達が投稿した動画に触発された探索者達が訪れている。
中には無謀な配信者達も含まれていた。
そのようなもの達がドローンを飛ばし、何が起きているのかを配信し始めた。
そのドローンの数々が、戦闘による激しいぶつかり合いを撮影し、配信していく。
しかし、肝心の戦闘をしているもの達の姿が撮影出来なかった。
撮影自体は出来ているのだ。
しかし、あまりにも早すぎてその姿が映らないのである。
映ったかな、と思ってもブレてしまってわからない。
しかし、その配信を見ているもの達の殆どが、メシアの動画を見ている者たちでもあった。
撮影場所が場所であること。
その他諸々のことを合わせて考え、そこでなにが起きているのか、視聴者のほとんどは理解することが出来た。
だからだろう。
SNSのトレンドワードに、こんな言葉がランクインした。
すなわち【場外乱闘】である。
バベルの外に広がる樹海にて、メシアかそれと同等の戦闘力を持つ者たちが何かと戦っている。
そういう認識となっていた。
探索者同士での戦闘の可能性もあるにはあったが、やはりバベルのすぐ近くでの戦闘である。
そして、こんな戦闘は今まで起きていなかった。
そして、【場外乱闘】という表現がある意味正しかったと、視聴者はほどなく知ることとなった。
一瞬だけ、魔族の姿をとあるドローンが、遠目に捉えたのである。
同時に、それに襲いかかる不鮮明ではあるが探索者達の姿も捉えたのだ。
幸い、というべきか。
遠くから撮影されていて不鮮明だったので、全員の顔は判別できなかった。
しばらくして、樹海が静かになった。
戦闘が終わったのだ。
しかし、本当は何が起きていたのか知るものは、その場でドローンを飛ばし配信していた者や、ましてや視聴者達にはわからなかった。
しかし、リオとコウに諸々心配されている当人は察していた。
休憩室には小さなテレビが設置されていて、誰でも好きな時に番組を見れるようになっていた。
それは、昔からだ。
そのテレビを付けながら書類仕事をしていたのだが、樹海のことが緊急配信されたのである。
「……はぁ」
何が起きてるのか、まるでわからない映像。
けれども彼は何が起きているのかわかってしまった。
だからこそのため息であった。
その瞬間だった。
世界そのものに衝撃があった。
ズンっ、という圧があり。
すぐに消えた。
「……??」
店長は首を傾げる。
ふと、テレビを見ると緊急速報が流れた。
それで、店長は異変を知った。
緊急速報は、世界的にも有名な海外の探索者がSランクダンジョンを攻略したというものだった。
しかし、その探索者を店長は知らなかった。
世界的にも有名だというなら、その名前を聞いたことがあってもいいはずなのに、知らなかったのだ。
顔も見た事がない。
けれど、ニュースキャスターは興奮気味にそのことを伝えている。
その時だった。
バイトの一人が休憩のため、休憩室へやってきた。
そのバイトがニュースを見て、言った、
「あ、この人、Sランク攻略したんだー。
やっぱり好きだなー」
と。
このバイトの子が好きなのは、アイドルや芸能人だったはずである。
「え?
君、探索者好きなの?
アイドル推してなかったっけ?」
バイトは首をかしげながら、答える。
「はい??
いや、私、この人のファンですよ。
もう十年くらいファンしてますよ。
アイドルのことはよく知らないです。
誰かと勘違いしてませんか、店長?」
それは、本当に小さな、でも大きすぎる世界の書き換えであった。




