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掲示板を利用しているスレ民は、様々なコテハンを使用している。
それこそ名前変わりに、個性的なコテハンを使用する者もいれば、【考察厨/班】、【特定班/厨】、【迷探偵】といった、属性を示すものとして使用する者もいる。
【検証班】もそんなコテハンの一つである。
【考察厨】は文字通り、なにかしら考察することが好きな者たちが使用している。
【特定班】は、少ない手がかりで場所や人物などを特定することが好きであり得意な者たちが使用している。
【迷探偵】は、【考察厨】と似て非なる存在だろう。
違いは、考察ではなく推理することだ。
【検証班】は、文字通り検証をすることが趣味の者たちである。
手を挙げ、発言した者はそんな一人である。
「まぁ、そうだな」
「そんなことなら、検証スレを立てればよかったでしょうに。
なんでこんな遠回りで物々しいことを企画したんです??」
検証班の言葉に、冬真とリオはそこで初めてそのことに思い至る。
「……まさか、思いつかなかったとか??」
冬真とリオは、それぞれあさっての方向を向く。
図星である。
こんなこともある。
「まぁ、いろいろあったから」
と、冬真は悪びれずに言う。
ちらり。
リオを見た。
実際のところ、リオも動揺していたのだと思う。
文字通り、子供の頃から知っている人物に斜め上の方向の相談をされ、視野が狭くなっていたのだ。
だから、基本的なことを忘れていたのだと思う。
わからないことは、知っている人に聞くという、基本中の基本。
リオの場合は聞かれる人だったのも、原因かもしれない。
冬真といえば、アイディアがまさに降って湧いたような状態だった。
いい考えが浮かんだという、高揚感もあってスレ立てして意見を募集するのを忘れていたとも言える。
検証班に手伝いをしてもらうなら、検証スレに行くか、自分たちで検証スレを立てれば良かっただけなのだ。
人間、興奮したり予想外のことが起きると、ろくに頭が回らなくなるいい例だろう。
一触即発の空気が少しだけ、ほんの少しだけ緩和される。
「で、検証班としてはこの実験、反対か?」
リオが聞く。
検証班は答えた。
「個人的には大賛成ですよ」
大反対のスレ民たちの視線が、いっせいに検証班へ注がれる。
検証班は、一同をぐるりと見回して続ける。
「だってそうじゃないですか。
初期にダンジョン内から持ち帰ったポーションが、なぜポーション……回復薬だと人類は知ったかわかりますか?」
ダンジョンがこの世に現れてからの混乱期。
持ち帰られたアイテムの数々。
最初はどう使うか、なんのための物なのかわからないものばかりだった。
当時の科学力では、調べることができなかったのだ。
けれど、今も昔も無謀なチャレンジャーはいるもので。
ポーション系に関しては、色が鮮やかな緑色でジュースっぽいし、香りはミントみたいだし、という理由で飲んだ人がいたと言われている。
そしたら、持病や怪我が治ってしまったのだそうだ。
それで回復薬だとわかったのである。
そこから液体系のアイテムは、マウスを使って試験をする方向へ移っていった、とされている。
ふつうは逆である。
その場の全員が、この事を知っている。
検証班はもう一度、その場の全員を見回して、
「何事も挑戦ですよ」
いいことを言っているはずなのに、挑戦内容が内容なのでイカれているようにしか聞こえない。
「そうは言うけどな、危険すぎるだろ」
「私は、そこまで危険だとは思っていないです」
検証班はそこで、リオを見た。
「彼女は世界のどの探索者よりも、ダンジョンのことを知っていて、そして強い。
あの強さなら、ダンジョンの外だろうが中だろうが、ほとんどの魔族は数分とせずに倒せると思いますよ。
この中に、彼女と同じように魔法や技を使わずに魔族を倒すことができる人、いますか??」
いなかった。
冬真ですら、さまざまな魔法を駆使して倒すのがやっとなのだ。
しかし、リオは違う。
先日、配信した動画がいい例だろう。
リオは、ダンジョンで手に入れた武器を使ってはいたものの、魔法は使わずに物理攻撃だけで魔族を倒せてしまうのだ。
「そういうことです。
そもそもですよ?
彼女たちは、私たちを招集してこうして説明するなんて、めんどくさいことしなくて良かったんですよ。
でも、それをしてるのは、なにか別に理由があるからか、探索者のよしみとして義理立てしたかってところでしょうか」
リオはヘラヘラと笑っていた。
嫌な笑いではない。
笑いながら、口を開いた。
「考える頭は多い方がいいかなって思っただけだよ」
冬真とリオは実験をして、色んな意見を聞きたかっただけだ。
「彼女がいる、それだけで安全は確保されています。
だってそうでしょう?
私たちは、彼女に命を救われてるんですから。
そんな彼女が、本当になんの策もなしに実験するとは思えない」
検証班の言葉には、説得力があった。
当然だ。
検証班は事実しか言っていないのだ。
この場のほぼ全員が、リオに命を救われてきた者たちだ。
そして彼女に憧れて、強くなった者たちである。
強くなりすぎて、バベルに引きこもるようになったのは皮肉なことではある。
「買いかぶりすぎだ。
でも、一般人に害が及ばないように全力を尽くすつもりだ」
リオの言葉にも説得力があった。
彼女がこう言い切るのだ、有言実行するのは確実である。
「じゃあ、せめてこれだけは聞かせてくれ。
なんでこの実験をしようと思ったんだ??」
反対しているスレ民は、せめて理由を知りたいと思った。
冬真はリオを見た。
リオは、言葉を選びつつ答えた。
「……依頼されたんだよ。
家族が魔族になったから、連れ戻して一緒の墓に入りたいって。
だから、そのためにほかの魔族で実験したかったんだ」
誰が依頼人かは言わなかった。
でも、集まった者たちへの説明はこれだけで十分だった。
リオがボケてとち狂った行動に出たわけではない、と理解出来たからだ。
空気が完全に緩む中、冬真だけは顔を伏せていた。
何故なら、この実験に関して発案したのは冬真だからである。
リオが矢面にたってくれたからこそ、理解が得られた。
冬真だったなら、全力で止められたことだろう。
ほかの魔族を生贄として実験台にする。
この残酷で傲慢な考えだって、出てきた自分自身にドン引きしてしまったほどだった。
今更感満載で、自嘲してしまったのも事実だ。
散々、お互いに殺し殺され続けた相手だ。
さらにいまは、動画のネタにしている。
けれど、これで得られるものがあると信じるしかない。
冬真は顔を上げて自分を助けてくれた、人生ではじめて救いの手を差し伸べてくれた、血の繋がらない姉をみた。
冬真のことを家族だと言ってくれた存在を見た。
姉の家族を助けたい、ただそれだけだ。
それだけなのだ。