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「実験?」
と、また別のスレ民が疑問を口にする。
「試したいことがある」
リオとスレ民のやりとりを聞き流しつつ、冬真は先週の老女との話し会いの時のことを思い出していた。
※※※
老女の話は、とてもシンプルだった。
動機も単純明快だった。
彼女は動画配信で、キールのことを知った。
彼が、魔族となりながらもそれでも、ダンジョンの中で存在していることを知った。
連れて帰りたい、と思った。
どんな形でもいい。
一緒に帰って、そして、同じ墓に入りたいと老女は願ってしまったのだ。
「専門学校に入ったのは、最初はキールの見た景色を、私も見たいと改めて思ったから。
楽しそうなあの人のことを忘れることが出来なくて、いつかは私もって考えてはいたの。
そしたら、こんな歳になっちゃって。
だから、今からでもって思ってね」
最初は勉強するだけで、知るだけで満足だった。
けれど、段々と欲も出てきた。
キールのようにとはいかなくても、低ランクでいいからダンジョンに潜ってみたいと、考えるようになったらしい。
その矢先に、キールのことが動画で話題になったのだ。
「もう、正直いつお迎えが来るかわからないでしょ?
ここであの人を連れ帰って、一緒に逝きたいなって。
だって、五十年よ、五十年。
ずーーーーっと、帰りを待ってたのよ。
お説教もしたいし、愚痴に付き合ってもらわなくちゃ」
カラカラと老女は笑っている。
高齢者ジョークはどこで笑っていいのかわからないので、冬真はマスクの下で苦笑するしかなかった。
「それに」
と、老女はさらに言葉を続ける。
「貴方にもちゃんと家族が出来ましたよって、紹介したいのよ」
「そのために、わざわざリスクを犯すのか」
リオが確認するように、聞く。
「えぇ、それだけの価値はある。
少なくとも私には、それをする意味も価値もあるの。
それに、お姉ちゃんなら出来るでしょ?」
「無理だ」
にベもない答えを、リオは返す。
横で聞いていた冬真ですら、そんなの無理に決まってると考えていた。
「そうなの?」
「魔族のことだってわからないことばかりだ。
ましてや、ダンジョンの外に連れ出した事例なんて無い」
リオが説明する。
生きたまま、モンスターがダンジョンの外に出てくるのは、基本的にスタンピードと呼ばれる現象の時だけだ。
それ以外では、無いとは言いきれないので探索者達や連盟が目を光らせているだけだ。
(そういえば、不思議なほど民家のあるところにモンスターが出た話って聞かないな)
と、考えていたのだが。
(ん?いや、そうだったっけ??)
何かが、冬真の中で引っかかった。
脳裏に記憶が、まるで走馬灯のように瞬いては消えていく。
雪華の顔、恋の顔、そしてリオの顔までもが浮かんでは消えていく。
(なんだ??)
どこかで、なにか、モンスターがダンジョンの外に出たがっているような、そんな話を聞いた気がする。
それを思い出そうとする。
すると今度は、言葉が次々にひらめき、脳内でグルグルと回り出す。
蝿。
蜘蛛。
食べる。
文学作品。
血。
吸血鬼。
ドラキュラ伯爵。
影。
影のモンスター。
精神に異常をきたす。
寄生。
操る。
これらの言葉が冬真の脳内で出ては消え、またはグルグルと回る。
やがて本当に唐突に、
――このダンジョンから出ようとしてるんだ――
そんなリオの声が響いた。
記憶の中のリオの声が、頭の中で響いたのだ。
現実のリオは、老女に説明を続けている。
「……れんふぃーるど」
冬真の口から滑りでた言葉。
名前。
そう、それはとあるダンジョンの名前であった。
SSランクダンジョン【レンフィールド】でのやりとり。
冬真は、その時のことを思い出していた。
そんな冬真を、老女の孫娘が怪訝そうに見る。
「リオ、言ってたよな?
レンフィールドに潜った時だ。
あの時、影のモンスターはダンジョンの外に出ようとしてるとか、言ってたよな??」
リオは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「なんで今思い出すかなぁ」
そんなリオを見て、老女はピンと来るものがあったのだろう。
声を弾ませる。
「あら!やっぱりあるのね!
魔族を外に出す方法」
「違う違う。
勘違いしないでくれ。
アレは外に連れ出すとか、そういう次元の話じゃない」
たしかに、モンスターが死体に寄生して出てこようとするのは、連れ出すというレベルの話ではない。
リオは【レンフィールド】のことを説明した。
老女は残念そうな顔になる。
「そもそも魔族を仮にダンジョンの外に連れ出せたとしても、暴れたりしたら被害がとんでもない事になる」
かと言って、倒してから亡骸をダンジョンの外へ運ぶということもできない。
ダンジョンの中では倒したら、消えてしまうからだ。
そこまで考えた時だった。
冬真の中に、疑問が生まれた。
【それなら、外で倒すとどうなるんだろう??】
たしか、誰も試していないはずだ。
デウス・エクス・マキナの時は別として、それ以外、通常時でバベルに潜っている者たちが外で魔族を倒したという話は聞いたことがなかった。
冬真はリオを見た。
リオの目的を思い出す。
彼女の家族を取り戻す方法を模索する、手伝うと言ったのは冬真だ。
つづいて、老女を見る。
冬真の中に、とても残酷で傲慢で勝手な考えが閃いた。
だれも試した事の無い、実験。
だから結果がどうなるかもわからない。
でも、それでも、やってみる価値はあると思った。
リオと老女の会話が途切れるのを待って、冬真は閃いたその考えを口にした。
※※※
「魔族をダンジョンの外で倒すぅぅう?!?!」
スレ民達から同時に素っ頓狂な声が上がった。
「おいおいおい、ついにボケたか?」
言外にロリババア、と言いたげだ。
「まさか、頭はハッキリしてる」
リオは飄々と返した。
けれど、集まったスレ民達は納得がいっていない。
「危険すぎる。
スタンピードや、偶然にモンスターが出てくるのとは違う。
故意にモンスターよりも危険な魔族を、ダンジョンの外に出すなんて正気の沙汰じゃない」
「まかり間違って人の住むとこに行ったらどうする?
いくら【タナトスの秘薬】や蘇生魔法があるって言っても大惨事は免れない」
「災害並みに人が沢山死ぬぞ?」
「正直、自分たちがどうなろうがそれは正に自己責任だ。
でも、それに無関係の人間を物理的に巻き込むのは違うだろ。」
「そういうのは招集かけた時に説明してくれても良かったじゃん」
口々に文句を言う。
その文句は正論だった。
動画配信を見て、自主的にバベルに来て死ぬのとは違うのだ。
「まぁ、それはそうなんだけどな。
リスクヘッジって言うのかなぁ。
こんだけ人数いればなんとかなるだろ」
「誰も集まらなかったらどうするつもりだったんだよ?」
また別のスレ民が呆れつつ聞いた。
「その時は俺たち二人で実験して、まぁ、最悪な事が起こったらそれまでかなって」
それは実験と言えるのだろうか。
「悪いが、そういうことなら、ここでお前らを止めることになる」
また別のスレ民が殺気を纏って、戦闘態勢に入る。
ほかのスレ民達も、リオに助けられた恩こそあるものの、今回のことにただ参加するというのは出来なかった。
一触即発の空気である。
と、そこで、スっとまた別のスレ民が控えめに手を挙げた。
「あと、あれですよね?
多分、自分みたいなやつが来るのを待ってたとか??」
冬真とリオが顔を見合わせる。
そしてもう一度、二人はそのスレ民を見た。
二人だけではない。
今にも冬真とリオを取り抑えようとしていた、ほかのスレ民達も、手を挙げたその人物を見た。
「どうも。
スレでは、【検証班】を名乗っている者です」