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コメントに答えようか迷う。
けれど、混乱を招くことはわかりきっていたから、言わないことにする。
【魔滅の剣】を含め、冬真やほかのスレ民に教え広めた魔法、技、それらはもともと、魔族を殺さずになんとか救うために開発したものだ。
開発者は、リオを拾ってくれた【綺羅星屋】の店長である。
ちなみに、リオが得意とする拘束魔法も店長が開発したものだったりする。
こちらの世界で発現した異能とは違っているのは、人工的に創られたものだからだ。
二年前のことがあってから、【魔滅の剣】は、改良された。
なんとか、娘を救うために改良されたのだ。
バズって広まった紙袋もそうだ。
あれは、元々は店長の幼なじみ、ゴーストリーマンことコウと、そしてリオが最後の最後まで自分の身を守れるように、と願って創られたものだった。
拡散されるまで、幸い使われることはなかった。
紙袋になったのは、なるべく嵩張らないようにというのと、なるべく材料費を抑えようとして有るもので作ったからだ。
結果的に、他の誰かを助けることとなったのは、きっといい事だとはおもう。
でも、いつだって肝心の大事な、大切な存在は助けることが出来なかった。
リオはそんな店長の代わりに、ダンジョンへ潜っている。
別に頼まれたわけではない。
ただ、店の経営もある店長よりも、自由が利くからだ。
社員に、という話があったのも嘘ではない。
そうすることで、店長はリオをまもろうとしているのだ。
ほかの子供たちのように、ダンジョンに取り込まれてしまうことを、店長は恐れている。
1度だけ、はっきり言われたのだ。
ダンジョンには、危ないから行かないでほしい、と。
ウィーナのようになったら、嫌だから、と。
でも、リオはそれでも潜り続けている。
店長はその話をして以来、リオがダンジョンに行くのをとても複雑な表情で見送り続けている。
止めはしない。
彼女は子供ではない。
自分のことは自分で決められる大人だから。
リオの視線の先で、火花が散る。
剣の撃ち合いによるものだ。
キールのことは、知っていた。
まだ店長が仕事の合間に頻繁にダンジョンに潜っていた頃、ほかならない店長が死にかけていたキールを助けたのだ。
キールは、日本に来ていて、店長に助けられたこともあり店の常連となった。
彼には恋人がいて、その恋人へ持っていく手土産をよく買いに来ていた。
その恋人は、子供の頃から店の常連だった。
店長もリオも、その恋人のことはそれこそ子供の頃からよく知っていた。
誕生日ケーキを、今は亡き両親と買いに来た。
今では、曾孫のためにケーキやお菓子を買いに来てくれる。
ちなみにリオは、キールから恋愛相談っぽいものをされたこともあった。
当時流行っていて、客が話題にしていたデートスポットを教えたりしたのだ。
百年、百年だ。
いろんな探索者を見てきた。
有名になった者、歴史に名を残した者、ダンジョンで行方不明になった者、引退して天寿を全うした者。
本当にいろんな探索者を見てきた。
ダンジョンと探索者の歴史をずっと見てきた。
出来ることなら、リオはキールやほかの魔族のこともなんとかしたいと考えていた。
きっと、店長のお人好しが移ったのだろう。
(そういえば、曾孫が生まれたんだったか)
キールが消えたあともその恋人はよく店に来ている。
キールとその恋人は正式に結婚する前に、彼が行方不明となった。
行方不明になって何年かしたら、死亡したものとして手続きをした、とほかならない恋人から聞いたことがある。
それから数十年、彼岸や命日が近づくと彼女は【綺羅星屋】を訪れ続けている。
キールの遺影に供える菓子を買うために。
彼女は魔族のことを知っているのだろうか?
ニュースにもなっているし、きっとどこかで見聞きしている可能性は高い。
ちなみに、その恋人は、店長やリオが歳を取らずにいることを知っている。
知っているが広めることは無かった。
そういう意味では、彼女はとても聡い人なのだ。
彼女の中では、店長とリオはずっとケーキ屋さんのおじちゃんと、お姉ちゃんなのである。
感傷にふけっている間にも、冬真とキールの戦闘は続いていた。
《って、おおお!?》
《早すぎて見えない(´・ω・`)》
《なんか、ずっと打ち込み続けてるなメシア》
《いけー!!》
《殺れー!!》
《これ、キールに魔法を使わせないようにしてる??》
《キールはキールで、首、腕、足を狙ってきてるな》
《あと時々、頭な》
冬真が使う技の考察、その話題はすでに終わり、迫力ある戦闘を見せつけられ、その感想が動画内を流れていった。
「ま、そりゃ狙うだろうな。
頭とばせりゃ、魔法使えなくなるし。
腕も同じ。
足は逃げられなくできるしな」
と、くそつまらない当たり前のことを呟く。
瞬間、冬真の左腕が切り飛ばされた。
《あっあっあー!やられるやられる!!》
《近接戦闘だと、もしかしてキールは魔法つかえない??》
《そういや、キール、魔法使ってないな》
《あ、なるほどだからメシアは距離取らずにずっと休まず剣を打ち込み続けてるのか》
《片腕、どんな筋肉してるの……》
《血がやべぇって》
《あ、メシア、おされはじめた》
《スネーク、たすけろって!》
「ダメ」
《なんで??》
「残機は、死んでから使われるものだから」
《残酷過ぎんだろwww》
「何を今更」
ダンジョンの配信実況、というものが流行り広まって、十数年が経過している。
平和なものから、残酷なものまで娯楽として消費されている側面がある。
だから、この残酷なショーはいまに始まったことでも、珍しいものでもなかった。
ほんとうに、コメントのツッコミはいまさらなのである。
《あ、あーー!!》
《串刺し!!》
《心臓一突きにされたぞ》
コメントの通りの光景が広がる。
冬真の心臓があるあたりを、キールの剣が貫いていた。
冬真の体が脱力する。
「死んだな」
これが、ショーだ。
とても残酷で、でも現代だと持て囃され楽しまれる、ショーなのだ。
《スネークの反応が怖い》
《生き返るのわかってるけど、怖いよ:(´◦ω◦`):ガクブル》
《スネークの反応も今更だけど、こわいよぉ(´;ω;`)》
実に正常な反応だった。
探索者の動画はショーだ。
けれど同時に、ダンジョンがいかに危険な場所であるかを教えることもできる。
視線の先で、キールが冬真の死体をバラバラのぐちゃぐちゃにしようとする。
「はぁ、じゃ、俺の番だな」
リオが指をパチン、と鳴らす。
すると、冬真の倒れている場所に魔法陣が展開する。
かと思うと、その死体が消えた。
どこに消えたのかというと、リオの横である。
ドローンは蛇のマスクを被ったまま、冬真に【タナトスの秘薬】をぶっかけるリオを映し出す。
それから、意識がまだ戻らない冬真の安全を確保するべく、彼の周囲に結界を張った。
キールが様子を窺っている。
そして、視聴者たちはあることに気づいた。
《そういえば、スネークがまともに戦闘するのみるのほぼ初めてじゃね?》
《あ、たしかに》
《いやいや、前に1回あったろ》
《レンフィールドの時だけだったな、そういや》
《レンフィールド以来じゃね?》
コメントに書き込まれた通り、【レンフィールド】と名の付けられたダンジョン以外で、リオは戦闘するところを見せていなかった。
なんなら、生で見るのが初めての視聴者もそれなりにいたりする。
《wktk》
《ドキドキ》
キールが剣を構えた。
《そういや、スネークもステゴロだよな?》
《蹴りだけじゃなかったか??》
《武器、使うのかな??》
リオはまたパチン、と指を鳴らす。
空間が裂けて、棒が出現する。
「ちっと、本気出すかなぁ」
《棒?》
《デザインがなんだろ?如意棒っぽい》
《あれ、如意棒じゃね?》
《如意棒じゃん》
「さすがに知らない人はいないよなぁ、これ」
リオはコメントに否定することなく、そう答えた。
そして、構える。
一瞬、空気が張り詰め、そしてキールとリオの姿が動画から消えた。
次の瞬間、2人の姿が現れ、ぶつかりあった。
【追記】
冬真が紙袋を装備してないのは、視聴者にハラハラドキドキしてもらう、というトチ狂った理由のためです。
あとリオもいるので蘇生の心配が無かったことと、ずっとこんなことやって修行させられてた為で、装備しないことに抵抗がなかったのも理由です。