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キール・ロンドの経歴。
それは、現代では知らない者はいない。
最初の、SSSSSランクダンジョン最年少攻略者だ。
15歳の頃に探索者となる。
ダンジョンが出現したことによる、ゴールド・ラッシュ真っ只中に彼は探索者として活動を始めた。
彼は次々と伝説を打ち立てた。
五十年前。
当時はまだダンジョン攻略を配信する、という技術は無かった。
そのため、人々が探索者の活躍を知るにはニュースを待つしかなかったのである。
そうして、中にはキール・ロンドに負けず劣らすの活躍をした者も大勢いた。
しかし、大半はダンジョンから帰らないという末路を迎えた。
帰ってきたとしても、やはりその九割は【無言の帰宅】となった。
「……キール」
老女は視線を携帯端末に落とす。
そこには、かつて男女の仲になり、将来を誓い合った青年が映し出されていた。
その青年はあの時の若さのまま、魔族となって現代の探索者と戦っていた。
メシア、と呼ばれている探索者が少し前に投稿し、話題となった動画である。
それは、【魔族】という存在を世間に知らしめた動画でもあった。
老女は、老眼鏡をかけて、何度も何度もその動画を再生していた。
現代の探索者に殺されるところまで、見落とすことなく、何度も何度も。
やがて、動画を見るのをやめる。
携帯端末の画面を暗くする。
そこに、老女の顔が映った。
生きてきた時間。
それを、携帯端末の黒に染まった画面が映し出す。
「…………」
それを、少し複雑そうに見る。
自分だけが、時間が進んでしまった、その事実は変えようがない。
そのことは受け入れている。
と、そこで携帯端末が新着動画のお知らせが届いたために震えた。
「……あらあら」
無言のまま、老女はそのお知らせを確認する。
彼女が定期的に観ている動画、その配信主が新しい動画を投稿したようだ。
と言っても、それは告知動画だった。
その動画を観ようとしたところで、
「おっきいばぁば、しっこ~」
同居している三歳の曾孫が、泣きついてきた。
夜トイレに行くのが怖いのだ。
「はいはい」
彼女は歳の割にしっかりした動きで立ち上がった。
おそらく授業のおかげだろう。
曾孫に付き添って、トイレへいく。
「じゃあ、ぜったいそこでまっててね?
どこにもいかないでね??」
「はいはい、大丈夫ですよ」
曾孫のトイレが終わり、両親と寝ている部屋の前まで送っていく。
曾孫が部屋に入るのを確認して、老女は自室へ戻った。
そのまま布団へ横になる。
動画を観るのは、明日にしよう。
歳のせいか眠りは浅く、どうせ数時間後には目が覚めてしまう。
それに、今は家事は娘と孫がやっている。
時間はあるのだ。
目を瞑り、眠ろうとして不意に何十歳も年下の同級生の顔が浮かんだ。
楫取恋の顔である。
あの若さで色々大変な目にあっている女の子だ。
(明日は、あの子、学校に来るかしら?)
来たら、色々聞きたいことがある。
魔族のこと、バベルのこと、そして……。
いつの間にか、老女は眠っていた。
※※※
朝が来た。
老女は朝食を孫や曾孫たちと済ませ、学校へ向かう。
その様子を家族は実に複雑そうな顔で見送った。
危ないことをしてほしくないのだ。
なぜ、今なのだろう。
誰もがそう思った。
でも、五十代になる娘はなんとなく察していた。
「ねぇ、お母さん。
おばあちゃん、やっぱり退学させた方がいいんじゃない??」
老女から見ると孫にあたる女性が言った。
「できないわ」
「なんで??」
大人たちがそんな会話を交わす横で、曾孫が元気に手を振って老女を見送っている。
「あの人も我が強いから」
「それだけ??」
「…………さて、保育園の準備したほうがいいんじゃない?」
「誤魔化さないで!
座学で学ぶだけなら、私だってこんなこと言わない」
三歳になる自分の子供をチラチラと見ながら、孫娘は続ける。
「でも、おばあちゃん、最近は嘘までついて実習に参加してるみたいなんだよ?
このままだと、本物のダンジョンに潜りかねない。
それがどういう意味か、わかってるでしょ?
もう歳なんだよ。
危ないことさせちゃダメだよ。
死ぬかもしれないんだよ?
ずっと家にいれば、そんなことにはならないでしょ?」
小声ではあるが、しっかりと言い切った。
けれど娘の方は、別の複雑さで老女が消えた道の先を見つめていた。
「……しなかったことをずっと後悔してたみたいだから」
「……え?」
娘はそれ以上は何も言わず、家の中へ入る。
孫娘も曾孫を連れて、家の中へ。
問い詰めようとするものの、娘は仏壇へ向かう。
そして、手を合わす。
そこには、ダンジョンに入って行方不明となった老女の恋人、そして娘の父親であるキール・ロンドの遺影が飾られていた。
※※※
老女は教室の席で、携帯端末を弄る。
そして、件の動画を再生する。
お知らせ動画は、一分にも満たないとても短いものだった。
その動画の中で、某映画のように文字が手前から奥へと流れていく。
次の企画の説明文だ。
さらに、視聴者コメントも流れていくので読みにくくて仕方ない。
そのため、コメントはオフにする。
どうやら、アンケートをとって次の企画を募集していたらしい。
SNSなどやらないので、全く知らなかった。
近くにいた同級生に声をかけ、アンケートについて聞いてみた。
楫取恋と親しくしていた生徒、鈴木冬真である。
冬真は嫌な顔ひとつせず、丁寧に教えてくれた。
「好きなんですか?その動画?」
同級生は軽く聞いてくる。
「ええ、昔はこんなの無かったから。
今は、いい世の中になったわ」
知ろうと思えば、わりとなんでも調べることができる。
「そういえば、貴方は配信しないの??」
今の若い探索者たちは、配信をやっていると聞いた。
「しないですねぇ。
俺の場合、低ランクダンジョンじゃないと死んじゃう可能性があるので」
「そうなの??」
老女は目を丸くした。
てっきり、冬真も配信をしているとおもったのだ。
それも、楫取恋や雪華のように。
なぜなら、
「意外ねぇ。
あなたとっても強いのに」
老女の言葉に今度は冬真が目を丸くした。
「……え??」
「?」
老女は冬真の反応に首を傾げる。
「なんか、勘違いしてません?」
「え?どうして??」
「俺、強くないですよ」
「……??
そうなの??
え、でも」
「あの、どうしてそう思ったんですか?」
「身のこなしに隙が無いから」
「え?」
「例えばこの教室内でも、校舎内でもそうだけど。
あなた、まるで全身に目があるみたいに動くんだもの。
ほらちょっとしたことで、他人とぶつかることってあるでしょ?
若い人でも他のことに気を取られてたりすると、ちょっとしたことでぶつかったりっていうのはあるのよ。
でも、あなたはそれが無くて。
携帯端末を弄りながら動いていても、まるで忍者のように動いてるし。
ほかにも、強いひとがやる動作が多くて。
まるで」
そこで、老女は懐かしそうな顔をする。
恋人と出会った時のことを思い出したのだ。
「まるで?」
「キール・ロンドにそっくりだなって思って」
冬真は改めて、この老女が探索黎明期をリアルタイムで見てきた世代だと実感した。
キール・ロンドだけではなく、さまざまな探索者が現れ消えていった時代。
そして、さまざまな伝説が生まれた時代。
その生き証人でもある世代の人間なのだと、実感した。
「そんな偉人と比べられても」
「あら、ごめんなさい。
いま、こういう風に比べるのもハラスメントになるんだったわね。
気を悪くさせてしまったわね」
「い、いえ、そんなことは」
冬真は変な汗をかきながら、席に座り直し、気持ちを落ち着かせようと自分の携帯端末を弄り出した。
それからさらに数日後。
視聴者お待ちかねの企画配信が実施されるのだった。




