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でも、それは一瞬だった。
次の瞬間に、スレ主の顔には何故か紙袋が被せられる。
同時に、同じ紙袋を被った者たちが、女へと襲撃をかけていた。
「暗渦!!」
「魔滅の剣!!」
「豪炎剣舞!!」
「神々の槍!!」
「風錐魔!!」
「炎帝の拳!!」
ぎりぎりまでバベルに残り続けていた、スレ民達である。
他のスレ民が、雪華達へと駆け寄る。
そして、二人を背に隠れるようにして印を結び、ドーム型の防御結界を張る。
「怪我は?!」
半ば怒鳴りつけるように、結界を張ったスレ民が問うた。
こちらも紙袋を被っていた。
「大丈夫、です」
雪華がこたえる。
恋もその横でこくこくと頷いている。
見ず知らずのもの達ばかりだ。
「あの、貴方たちは?」
今度は恋がたずねた。
それに答えたのは、雪華である。
「スレ主と同じ人種」
それだけで、理解出来てしまった。
ほかにバベルへ出向いている者たちがいる。
それも、非公式で。
そのことは知っていた。
でも、不思議と出会うことがなかった。
恋が出会ったことがあるのは、以前キツめの注意をしてくれた男性くらいだろう。
恋は、デウス・エクス・マキナと呼ばれている魔族と戦っている者たちを見た。
攻撃は少しずつ、効いているようだった。
「にげなかったん!?」
剣をふるいながら、冬真がスレ民の一人へ聞く。
「お前らだけ残してくわけにもいかんだろ」
と、聞かれたスレ民が答えた。
しかし、すぐに別の者が、
「出ようとしたけど出られなかったんだよ」
真相をバラす。
スレ民達は一足先にバベルを出ようとした。
万が一のことを考え、紙袋は被りつつ、討伐隊からはうまく隠れて、バベルからの脱出をはかったのだが、失敗した。
見えない壁によって、阻まれたのだ。
「すぐ外には、あの雪華の姉ちゃんがいたんだけどさ。
姉ちゃんも入って来れなくなっててな」
人数が必要な数に達したら、入ることも出ることも出来ないらしい。
「手の甲がぐちゃぐちゃになってたのを、あとから来たヤツらに咎められてた」
どうやら殴って壊して入ろうとしたようだ。
「やばかったよなぁ。
骨むき出しになってたし」
「よっぽど妹が可愛いんだろ」
と、また別の二人がそう言った。
言いつつも、攻撃の手は止めない。
雪華の姉、墨華。
冬真の師匠であり、特定班というコテハンを使用している女性だ。
「しっかし、どうすっかねぇ」
と、また別の者が言った。
「全然、攻撃きいてないし」
「これ、俺たちが死ぬまでこのままなんじゃね?」
「えー、俺死にたくねーよ」
「できるなら、二年前のリベンジしたい」
「なかなか予定があわなくて、百人規模での挑戦できなかったもんな」
スレ民のほとんどが、リオやゴーストリーマンのように、ほかに仕事をしている者がほとんどである。
ほかの探索者や配信者と決定的に違うのがそこだった。
生活費を稼ぐメインは普段の仕事、ダンジョン攻略はあくまで遊びであり、趣味なのである。
軽口を叩いていると、スレ民の一人に女が接近し、すぐ顔の部分に手をかざす。
「やっべ!」
逃げようとするが、遅かった。
回避が間に合わない、そう思われた。
しかし、そのスレ民はちょっと小突かれたような衝撃を受けただけで済んだ。
「……へ?」
スレ民の顔に風穴はあいていなかった。
女が一瞬、怪訝な顔になり距離を取る。
すぐに別のスレ民が気づいて、声を上げた。
「紙袋だ!!」
どうやら、紙袋が女の攻撃を防いでくれたらしい。
「そういや、この紙袋、あの店の店長のお手製だったな」
「ったく、なんなんだよあの店長は器用すぎんだろ」
「まぁ、最古参の探索者、スネークの店長だからなぁ」
「二年前にもこれがあればなぁ」
「二年前には無かったろ」
「そういやそうだった」
こんなものがあったのなら、スレ民たちに広まらないわけがないのだ。
なんなら真っ先にスネークこと、リオがおもしろがって使っていたはずである。
軽口を叩きながら、本来なら入手困難であるはずの紙袋をむりやり胸へとはりつける。
もしくは、服の下へ直にいれて、防具のかわりにする。
この辺は戦い慣れているからか、全員行動が早かった。
結界を張ったスレ民も、予備を雪華と恋へわたす。
「死にたくなかったら、それ持ってな!」
このスレ民も理解しているのだ。
自分の張った結界が、おそらく無意味になるだろうことを。
「とりあえず、あの全裸の馬鹿を誰か生き返らせてこい」
女と渡り合いながら、ひとりがそんなことを言う。
「了解」
別のものが請け負う。
と、そこに、
「ほれ、これ使え」
と、また別の者が紙袋とガムテープを投げてよこした。
これで紙袋を貼りつけろということらしい。
冬真たちがその間に、女へと総攻撃をかける。
その、瞬間だった。
女が指をパチンと鳴らした。
複数の魔法陣があらわれる。
あの三角錐かと思いきや、違った。
またも見たことの無い魔族が出現したのである。
否、見たことの無いというと語弊がある。
女と瓜二つの顔立ちをした、今度は男であった。
外見年齢も同じくらいだろうか。
少年と青年のちょうど中間といったところだ。
そして、続いてもう一体、魔族が出現する。
こちらは、子供だった。
ツインテールの白髪に、赤い目をした十歳前後の女の子である。
面差しが、さきの二体に似ている。
結界を張ったスレ民が、それを携帯端末を使って画像を取る。
同時にスレへと、ここまで出ている情報を書き込んだ。
そして、また激しい戦闘がはじまった。
ところ変わって、【綺羅星屋】の休憩室。
ここで、リオはその掲示板を見ていた。
寄せられる情報と画像。
画像を見て、喉の奥がヒュッとしまった。
彼女の顔から血の気が引いていく。
ふだんのあのニコニコとした笑顔は消えていた。
「ウィリーナ、ミコト、ハルちゃん」
震える声で、呟く。
休憩室には誰もいなかった。
それが救いだ。
必死に、リオは考えた。
店長には絶対に知られてはいけない。
彼がこの事を知れば絶対、動くだろう。
不可抗力だったとはいえ、二年前のようなことを、もう、彼にさせてはいけない。
自分が行くべきだ。
自分が手を下さなければならない。
けれど、どうやってシフトを抜け出せばいいか。
下手な嘘は店長に見抜かれてしまう。
(どうする、どうする??)
真っ青になって思考を巡らしていると、休憩室のドアが開いた。
ハッとしてそちらを振り向く。
そこにいたのは――…。




