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時は少し戻る。
馬頭の全裸の男がハイテンションでかけて来たので、最初はモンスターかと思った。
恋は倒そうと武器を構えた。
しかし、雪華に止められた。
「あれ、人間よ」
「……え?」
思考が止まる。
ああいったタイプの人間に今まで出会ってこなかったのだ。
恋は混乱した。
混乱して、悲鳴すらあげられなかった。
一方、雪華は平然としていた。
なんなら、
(現実だとモザイクつかないんだった)
と、ちょっとズレた事を考えていた。
全裸男と並走している者に気づく。
「あ、スレ主だ」
「……へ?」
雪華の指摘というか呟きに、恋が間の抜けた声を漏らした。
よくよく見ると、服を着ているほうの馬頭が見えた。
体格がたしかにスレ主のそれである。
そちらは、手を振っていた。
「いたいた!おーい!!逃げるぞ!」
そんな感じでの合流になったのである。
「あー、タオルあるけど使います?」
雪華が全裸男へそう申し出る。
それから、
「あんたはちょっと後ろ向いてようか」
恋は雪華の言う通りにする。
恋の顔は真っ赤である。
「なんなの、あなた!!」
後ろへ向いたまま、ようやく恋はそう叫んだ。
「どうもお嬢さん、こう見えて紳士な馬です」
変態ではない、と言いたかったようだ。
自称紳士な全裸男は、雪華からタオルを受け取り巻き付ける。
「動画配信者よ」
と、雪華が短く言った。
全裸男が軽く驚く。
「ですよね?」
「そうだけど……」
全裸男の声音に、よくわかったなー、今日の配信見てる暇あったのか、といったものが滲む。
しかし、会話はそこまでだ。
冬真がスレへ二人と合流したことを書き込む。
それから3人へ、
「とにかく、ここから出るぞ!」
言葉を投げた。
そこからは早かった。
恋の所持している【夢幻絵巻】を使って、隠しエレベーターから一気に一階へと降りる。
しかし、その途中で衝撃があった。
「え、地震?」
恋がつぶやく。
「物凄い衝撃だったわね」
続いて雪華が言った。
しかし、冬真と全裸男は違う見解のようだ。
「余震が無かった」
「いきなり揺れたな、こんなこと初めてだ」
エレベーターは動き続けている。
「バベル内だと地震は感じられないってことですか?」
雪華が全裸男へ訊ねる。
「いや、ちゃんと、っていうとアレだけど。
揺れるよ。
他のダンジョンでもそうだけど、別の階層でモンスターとドンパチやってるのって聞こえないだろ?
魔法攻撃による衝撃も感じられない。
そういう衝撃を感じるのって、スタンピードが起きて他の階層から、モンスターたちが溢れて来る時くらいだ」
まるで教師のように、全裸男が説明を続ける。
「衝撃で揺れるのは、逆に言えばその時くらいしか起こり得ない」
「じゃあ、スタンピードが起きた?」
「いや、違うと思う」
「違うんですか?」
「俺、知り合いが【夢幻絵巻】持っててさ。
このエレベーターも使ったことあるけど。
エレベーターに乗ってる時にスタンピードが起きたことがある。
でも、エレベーターの中だとそれを感じなかったんだ」
そこで、冬真が口を挟んだ。
「現状、ありえないことが起きている」
ダンジョンなんて異常の塊の建造物だ。
その中でもルールが存在する。
誰も知らないルールが発動している、ということだ。
「ありえないことって……?」
恋が疑問を口にした。
全裸男が真面目腐って答える。
「考えられるのは、一つだ」
同時に、一階へたどり着く。
エレベーターのドアが開く。
上手く隠されているドアを抜けて、一階層へと四人は踏み出した。
そこに広がっていたのは、血と肉塊の海であった。
装備からして、討伐隊の者たちだろう。
討伐隊は血と肉塊の絨毯となって、冬真たちの目の前を埋めつくしている。
そんな中でも生存者がいるらしい。
断末魔の声が上がる。
断末魔の声が上がる。
血が舞う。
血が舞う。
紙吹雪のように、粉々になった肉が舞う。
大量の死が広がっていく。
「……なに、これ」
仮にも探索者をして来た。
他者の死も、モンスターの死にも慣れていたはずだ。
だというのに、雪華と恋はその光景に顔を青ざめさせる。
死が広がっていく。
死が広がっていく。
その死の中心に、ソレはいた。
魔族だ。
二年前にみた、デウス・エクス・マキナ。
もしくは、魔王、とスレ民達が呼称している存在。
紺青の髪をした女である。
年齢は十代後半から二十歳くらい。
外見だけなら、リオと同年代のようにも見える。
リオとはまた違った美しさのある女だ。
女は無表情だ。
無表情で、自分が作り上げた絨毯を見つめている。
と、女がこちらを見た。
冬真たちに気づいたのだ。
女が動く。
それとほぼ同時に、全裸男が動いた。
「おや、今回は動けるな」
どこか楽しそうに呟いて、全裸男は女へ向かっていく。
身体強化をして、駆け出しつつ冬真たちへ言う。
「走れ!!」
三人はすぐ動いた。
三人も動けたのである。
「生き残ったら、考察厨連中に報告だわな」
全裸男が言うのと、彼と女の視線が合うのは同時だった。
女の手に、いきなり剣が出現する。
女は片手でそれを振るう。
「っと、あっぶねぇ!!」
全裸男はそれをなんとか避ける。
避けて、蹴りを食らわせる。
けれど、防がれてしまう。
女は空いている方の手を、全裸男の心臓がある位置へかざす。
それを全裸男はひらりと避ける。
避けた先には、魔法陣。
そこから三角錐のような物があらわれる。
体を貫こうとするそれすらも、ひょいと避け、
「ファイアー・ボール!!」
技を叩きつけた。
火の玉が女に直激する。
しかし、効果は無さそうだ。
「無理かぁ」
女が襲いかかってくる。
それをまた避ける。
避けて、全裸男は印を結んで次の技を繰り出す。
「なら、コイツはどうだ?雷神の槍!!」
空中から槍の形に見える雷が女へ降り注いだ。
しかし、やはり効いてはいないようだ。
「ちっ、ダメか」
女が、全裸男へむかって手を突き出す。
けれど距離があるので、触れることは無い。
でも、それだけで彼の心臓がある場所へ風穴があいた。
ぽっかりと、風穴があいた。
女がしたのは、手をかざしただけ。
それだけだ。
たった、それだけ。
それだけで、彼の胸へ穴があき、絶命させた。
続いて、女は冬真達をさがす。
すぐに見つけた。
追いかける。
殿をつとめていた冬真が、女に気づく。
全裸男のことにも気づく。
「そのまま走れ!!」
冬真は、一瞬で判断をくだし、そう叫んだ。
その冬真の足は止まっている。
女を迎撃するため、戦闘態勢へ入る。
剣を構える。
その背後で、雪華が恋を叱咤する声が聞こえてきた。
「とにかく、はしって!!
はやく!!」
肉塊の絨毯を踏みつけ、足元を真っ赤に染めながら、恋はかけた。
本当は、前だけ見なければいけない。
前だけみて、走らなければならなかった。
でも、つい、振り返ってしまった。
どうしてそうなったのか、わからない。
振り返った恋の目に飛び込んできたのは、馬マスクを剥ぎ取られたスレ主の素顔であった。