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一方、その頃。
「まさかドローンが動かなくなるなんてねぇ」
雪華は呟いて、歩みをすすめていた。
その手は恋の手を握り、やはりグイグイと引っ張っていく。
「…………」
恋は恋で、黙ったままだ。
そんな恋を見て、雪華は言葉を投げた。
「とりあえず、出会うモンスターを片っ端から倒していくしかないわ」
「…………」
「さっきも言ったけど、ドロップしたアイテムは倒した方のもの。
複数ドロップするようなら、山分け。
それでいいわね?」
恋はこくんと頷いた。
「ところで、アンタ今までどこにいたの??」
「……え?」
「ニュースで流れてた画像を見たんだけど。
潜伏していたにしては、なんていうのかな。
身綺麗だったから」
「っ、それ、は」
「まぁ、だいたい察しはつくけどね。
お節介焼きの知り合いでもいて、匿って貰ってたとかでしょ」
「…………」
恋は答えなかった。
恋を助けてくれたクラスメイトのことは、隠しておいた方がいいと考えたのだ。
「図星かぁ。
なんか、バカ正直に顔に出るわねぇ」
恋は、ハッとしてぺたぺたと自分の顔を触る。
「そ、そんなに顔に出てた??」
「うん、分かりやすいくらい」
カラカラと雪華は笑った。
雪華には、恋を匿った人物について心当たりがあった。
おそらく、スレ主、つまり冬真だろうと。
冬真と恋が専門学校でクラスメイトだというのは、聞いて知っていた。
だから、そうだろうと考えつくのに時間はかからなかった。
(でも、この子には言ってないのか)
と、雪華は内心で呟いた。
冬真は自分がスレ主であることを恋には伝えていないようだ。
そのことを伝えずに、どうやって恋の信用を得たのかは気になるところではある。
気にはなるが、聞く気は無い。
と、そこで師匠から渡された携帯端末が震えた。
メッセージが送られてきたのだ。
それを読む。
「あれ?番号、伝えて無かったっけ?」
と、雪華は首を傾げた。
メッセージには、
【スレ主たちがお前たちを捜してる。合流してやれ】
と書かれていた。
その後に、バベルまで来ているとも書かれている。
「?」
恋が不思議そうに雪華を見る。
「ちょっと失礼」
雪華はそう言って、携帯端末を操作した。
そして、他ならない冬真へ電話をかける。
掛かってきた着信に、冬真は出た。
その番号には見覚えがあった。
と、ここで自分が想像以上に焦っていたことを悟った。
「……はい、もしもし?」
『もしもーし、スレ主?』
「雪華か」
確認もそこそこに、現状を説明する。
すると、
『えー、もうそこまで来てるの?討伐隊?』
あまり驚いた反応は見せなかった。
どうやら、彼女は討伐隊のことを知っていたらしい。
念の為、確認してみた。
すると、師匠の厨二病から聞かされていたとか。
向かう足は止めず、冬真はさらに確認する。
「お前、デウス・エクス・マキナについては知ってるか?」
『なにそれ?』
どうやら知らないらしい。
これも手短に説明する。
『へぇ、バベルってそんな機能があるんだ。
知らなかった~』
(リスク隠して、凸させんな!!)
と、心の中で冬真は叫んだ。
「いいか?
世界各地の猛者どもがこれに巻き込まれて手も足も出ずに終わったんだ」
『でも、助かったんでしょ?』
「なんで助かったのかは、俺たちもわかってない」
『え、誰かが助けてくれたんだと思うけど。
そうじゃないと、説明つかないじゃない』
「この議論はまたの機会にしよう。
とにかく今は逃げる」
冬真は、ダンジョン攻略に関しては先輩になる。
先輩の助言は聞いておいた方がいいだろう。
どこで落ち合うかを伝える。
電話を終えると、冬真は全裸男に、雪華は恋へそれぞれ説明する。
「了解了解」
全裸男は、軽く返した。
一方、恋はというと。
「え、スレ主が??」
よく状況が飲み込めていなかった。
なんでここにいるんだろう。
とか、
デウス・エクス・マキナ現象ってなに?
とか、説明されたけれど、説明のための説明がされていないのでよく分からない状態となっていたのだ。
それでも、逃げた方がいいというのはわかった。
自分を殺そうと討伐隊が派遣され、ここまで来ているのも理解できた。
だから、彼女が逃げることに対して、ごねることはなかった。
浄玻璃鏡が手に入らないのは残念だが、仕方ない。
自分が死んでは元も子も無いのだから。
恋は、そう自分自身に言い聞かせた。
しかし、少しだけ遅かった。
冬真たちの想像よりも、早く討伐隊はバベルへと侵入してきたのだ。
そのことを知ったバベルにいたお人好し達は、一斉にスレへとこの事を書き込む。
あとは、タイムリミットがどれだけ残されているかだ。
中には、バベルの壁を破って外に出ようとした者がいたが、無駄だった。
壊れなかったのだ。
バベル内にいたスレ民達が集まり出す。
「壁破れないんだけど?!」
「変だな」
「だな」
「通常なら壊して出られるのに」
「これ、もしかして百人以上がバベルの中に入った時点で、フラグが立つってことか?」
「かもな」
「どうすんだよ?!
下には討伐隊が来てんだろ?
鉢合わせしたら、俺たちが居るってことが知られることになる」
「強行突破出来なくもないが、そうすると後々が恐いからなぁ。
身バレとか」
「じゃあ、隠れながら行くしかないだろ」
「向こうも手練揃いだ。
どこまで隠れきれるか」
「二年前みたいな強制終了はホントやだ」
と、そこで一人がポンっと手を叩いた。
なにか思いついたらしい。
「討伐隊と鉢合わせしても、顔が分からなけりゃいいんだよ」
言いつつ、バズってしまったために現在では入手困難となっている、綺羅星屋の紙袋を取り出した。
それだけで、スレ民は色々察してしまう。
「これを被れと?」
言いつつ、何故か全員バックパックから紙袋を取り出す。
かつて、冬真が配信でしたこととおなじことをしようというのである。
「なんでお前ら持ってんだよ」
笑いを噛み殺しながら、一人がそんなことを言う。
「そういうお前こそ」
「いや、だって負けないための準備って必要かなって。
頑張って手に入れた」
「そうそう、昔の軍師も言ってるだろ。
昔の善く戦うものは、先ず勝つべからざる、うんぬんかんぬんって」
その言葉に、その場の全員が頷いた。
「って、それ孫武な孫武」
と、また別の一人がツッコミを入れる。
そうこうしていると、スレに書き込みがあった。
他ならない、スレ主からである。
「どうやら、スレ主達は雪華たちと合流できたっぽいな」
「良かった良かった」
「じゃ、俺達も逃げよう」
でも、遅かった。
タイムリミットが来てしまったのである。