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ヘルマオン  作者: 萩オス
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人の命

 前線基地は首都トリオンの外れにある魔導科学技術研究所の資材庫を改装して作られている。

 当然アンドロイドにも存在を知られているため、生体認証が無ければ通る事が出来ず、また、基地そのものも厳重な警備を置いた上で奥まった地下にあった。


 安堵と悲しみ。

 シモンとダグラスの二人が帰還すると、基地内はそれらが複雑に入り混じった空気に包まれた。

 今回の作戦で組まれた隊が壊滅した事は先に知られていた。それでも、ダグラスの存命と資料の奪取は朗報だった。


「勇敢な彼らへ、魂の平安と祈りを」

 総司令を務めるスチュアートが宣言し、集まった職員や兵士は黙祷を捧げる。


「よくやった」

 がっしりとした体型の中年の男、陸将グレゴリーは安心させるように微笑んでダグラスを労う。しかしどうしてもダグラスは何も言えず、無言で俯くばかりだった。

 いつも短い赤毛をきれいに整えているダグラスだが、今はまだ乱れたまま、眼鏡の奥の深い緑の瞳も普段の明るさを失っていた。

 恐らく仲間の最期も見てしまっただろう。回復には専門家の手が必要に思われた。

 


「お前も。新兵な上にいきなり単独救援だからどうなる事かと思ったが」

 そう言ってグレゴリーはシモンの肩を軽く叩いた。

 シモン以上の背丈と、角ばった無骨な顔立ちが一見恐ろしくも見えるが、陽光のような明るいとび色の瞳は温かさを感じさせる。


 三々五々に人々が持ち場へ戻っていく中、グレゴリーは続けた。

「お前が倒したネツァクと名乗る機体にはほとほと参ってたんだ。可愛い外見してただろ。公共放送機関をジャックして反乱を宣言したのも奴だった。だから惑わされる連中も多かった」

「可愛い外見と言っても、所詮作り物でしょう」

「ハッ」

 シモンは事も無げにはっきりと答え、一拍の間をおいてグレゴリーはふきだすように笑った。


 そうしてやや声を潜める。

「元の世界じゃよくある事だったのか?」

「ええ。機械じゃないですけどね。ゴーレムと言う魔導人形で……自分に都合の良いまがい物の『人間』を愛玩する人間は一定数いました」

 グレゴリーは呆れた様子で明後日の方向を向き、長いため息をつく。

「くだらねえ」

「気持ちはわからんでもないですよ。ただ、過ぎれば毒になるだけで」



 グレゴリーと別れて、まだ落ち着かない様子のダグラスをカフェへ誘って行くと、カウンターに先客が居た。ベリンダだ。

 やや険しい顔つきで何かを真剣に見ており、いつも明るいカフェ店員のイーディスも黙ってそれを見守っていた。が、二人を見つけるとパッと表情を輝かせる。

「お帰り!」

「……ただいま」

 ダグラスは力なく微笑む。イーディスも魔導工学者であり、二人は先輩と後輩の関係だ。ベリンダにとっても彼女は後輩で、今は趣味でカフェを切り盛りしている。


挿絵(By みてみん)


 年の頃は二十代、最年少で技官に登用されたという事もあって研究者としての実力もあるのだが、それ以上に人懐っこい性格と明るさが基地に花を添えている。

 はちみつ色の髪は首回りを刈り込んでおり、短いポニーテールにまとめている。海の青色をした瞳は深く、大きく、まだ幼い雰囲気も残していた。

 イーディスもダグラスの様子を察してか、シモンと二人カウンターにかけるやいなや、温かいカフェオレを二人分差し出した。

「今日はおごり」

「助かるよ」


 カフェオレを口にしながら、シモンはちら、と隣のベリンダを見やる。見ているのはどうやら、ダグラスが奪取してきた資料のようだった。

「何か問題が?」

「……」

 さりげなく問うが、ベリンダは無言だった。

 暫くやや和らいだ沈黙の時間が続き、カフェオレも残り少なくなったところでベリンダがぽつりと呟く。

「マデリンの知り合いばかりだ」


 マデリンとは今回のアンドロイド開発の責任者の名だ。今は王宮に囚われているが、アンドロイド達は彼女を「母」と呼んでいる。そして、ベリンダの幼馴染で、無二の親友だったらしい。


「アンドロイドだよ。ネツァクもどこかで見た顔だと思ったが、高校時代目立ってた美人の同級生そっくりだ。このコクマーって型番もマデリンの元夫だよ」

 シモンが訝し気な表情を向けると、ベリンダもまた眉間に皺を寄せたままシモンを一瞥する。

「人間そっくりに作るのにモデルなしで出来るかよ。誰かを元にしてるとは思ってたが」


「まさか反乱をプログラミングしたのもそのマデリンって技師か」

「違う。マデリンがそんな事する筈がない」

 ベリンダは絞り出すように言う。

「AIなんて単純だ。実際ロボット兵は実用には程遠かったし、それで俺とアダムを危険因子だとはじき出すのはわかりきってる。でも……。……いや、なんでもねえ」

 ベリンダの苦悩は恐らく別の所にありそうだったが、継がれた言葉はそれ以上の詮索を遮るものだった。


「実用に程遠いとわかっていて何故開発を?」

 シモンの何気ない問いにベリンダはため息をつく。

「他国と戦争になる可能性は今の所無い。無いが、備えは必要だろ。で、戦時になりゃ兵士が駆り出される。んで、今日みたいな事が起きる……」

 ダグラスに聞かせないようにと思ってか、声は小さくなる。

「これ以上血を見たくねえ。それだけだった」

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