驕る卓士は久しからず。
突如舞い降りた将棋ブームは、ありとあらゆる学校を巻き込んでいった。誰しもがプロ棋士の対局がテレビ放映されているところに釘付けになる、そんな時代の話のことである。
その流行の嵐は、卓士や夏希とて例外ではなかった。ニュースでもほぼ毎日将棋の話題が流れていては、否が応でも意識させられるというものだ。
夏希は卓士の幼馴染であり、小さい頃から何かとつるんできた仲である。何かを始める時は、必ず二人で始める。水泳、卓球、陸上……。二人そろって、体育会系の習い事に何個通ったことだろうか。
それでも、成長が進むにつれて男女の体格差が如実に現れてきた。そんなときに大流行したのが、将棋だったのだ。
「……何遍かかってきても、夏希が勝てるわけないだろ?」
「また、強がり言っちゃって……」
将棋は身体能力ですべてが決まる運動と違い、頭の回転速度とひらめきが勝敗を分けるスポーツだ。あまりの体力消費から、別名畳の上のスポーツとも呼ばれている。
そしてこのゲーム、残酷なことに実力差がかけ離れているとどうあがいても勝てない。運要素が極力排除されているため、サイコロでぞろ目を連続で出せる強運の持ち主でもプロには勝てっこない。
「……今日こそは、勝ってやるんだから!」
「そんなわけないだろ……」
卓士が対局前から勝ったような素振りをしているのは、ひとえに夏希より実力が上だと確信しているからだ。
中学生のころからもう二、三年は続けているだろうが、今のところ卓士は全勝している。手を抜くなどと言う事は無くコテンパンにしていたので、夏希が一度将棋盤をちゃぶ台返ししてしまったほどだ。
その後はお互いの負けず嫌い精神もあってか、二人ともメキメキと上達した。
とはいえど、二人の成長曲線の間隔は一定のままなのであるが。
「……もし負けたら、どうするの?」
罰ゲームの設定を、夏希が提案してきた。
「そうだな……。負けた方が土下座する、でいいんじゃないか?」
「それでいいよ。卓士が悔しそうに跪いてるのが、目に見えるなぁ……」
……俺には、逆の光景がはっきりと思い浮かぶけどな……。
駒を全て並べ終わり、準備は整った。
「おねがいします!」
二人の真剣勝負こと卓士の一方的な殺戮が開始された……、そのはずだった。
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終盤までは、いつものように卓士がリードしていた。内心でも『勝った』とほくそ笑みながら、あとはどうやって夏希の王様を仕留めるか考えていた。
そして、そこから十手ほど進み。
「……負け、ました……」
致命傷になるミスを犯してしまった卓士は頭をガクンと垂れ下げていた。
将棋の辛い所は、負けを自分から宣告することにある。敗北と言う事実を、自分で確定させなければならないのだ。
「……土下座」
一方の初勝利を挙げた夏希は、昇天してしまうほどの喜びを爆発させていた。が、そんな表情とはかけ離れた冷静な命令を口から放つ。
……自分で決めたルール、だからな。
余りにも悔しいが、ルールで決めてしまったものは仕方がない。渋々、卓士は額を床にこすりつけた。
夏希は、その卓士の正面で仁王立ちをしている。家来を跪かせた王様のような気分を味わっているのだろう。
「……ざまぁ、みろ?」
言い慣れない過激な言葉とあってか、おぼつかないカタコトになっていた。微笑ましい限りだ。
……疑問形にしたら、もうよく分からなくなるな……。
拍子抜けして、脱力してしまった。負けた悔しさも、夏希の独裁者になり切れていないあわあわしている様子に吹き飛ばされてしまった。
「……やっぱり、こういうことするのって、慣れないや。卓士、立って?
彼女の本質上、極悪非道の血も涙もない人間は演じられないようだ。
「今日は、初勝利記念ってことで、何か一つ好きな事させて?」
立ち上がって服に付いたホコリを払っていた卓士への、お願い事だった。
……別に、いいかな……。
大それた突飛なことは、頼んでこないだろう。そこら辺は、幼馴染だからこそ分かる感覚と言うものである。
卓士が深くうなずくと、おもむろに夏希が肌身を寄せてきた。
「……!」
彼女は、力強く卓士を抱きしめていたのだ。
「……一回、やってみたかったんだぁー……」
緊張が解けて頬が上がっている夏希を見ていると、こちらまでつられて穏やかな気持ちになる。
「……好き」
二人の抱擁は、いつまでも続いた。
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※作者に残虐な表現を書く気力は残っていませんでした。