勇者と魔王の終焉。封印されし少女
設定回
この世界は螺旋を描いている。
その中心にあるのは、勇者と魔王と呼ばれる二つの存在だ。
この存在は延々と循環し、変わって、何度も成り代わりを重ねて消えていく。
そんな螺旋は今日、この時をもって終わった。
たった一人の少女の犠牲によって。
本来の勇者の称号を持つ少年を制圧し、
ほかの一人の少年を勇者と呼称した翼を生やした少女。
名前は……。名前は?
彼女の名前を思い出すことはできなかった。
すでに【勇者】と定義づけられた彼女の名は公文書を含めたすべてから抹消されている。
勇者を圧倒したあの少女の言葉をしっかり脳裏にいまだ焼き付いている。
「借りものの力でふんぞり返って、それで満足してたらいいのに。
なんで勇者に危害を加えるの?
そのまま居るだけなら、私は何もするつもりなかったのに。
なんで勇者に危害を加えるの?」
侮辱の表情で淡々という彼女を理解できなかった。
できるわけがなかった。
こちらには勇者の印もある、正真正銘本物の勇者だ。
だけど、彼女の勇者は彼だけだったのだろう。
だから、こそ。
彼女は散った。
彼女にとってのたった一人の勇者のために。
フレグランス大陸の北部から、彼は帰ってきた。
いつも一緒だった彼女が居らず、たった一人で。
表情はなく、抜け殻のようだった彼を見た。
「どうした。一体なにが」
「魔王は、死んだ。もう二度と現れることは、ないだろう」
彼は止まることなく、呟くように噛みしめて答えた。
僕はたまらず、フレグランス大陸へと船を出してもらった。
そして。
見たんだ。
あの惨状を。
フレグランス大陸のすべてが氷に覆われていた。
見ただけでわかる異常事態。
砂漠すらある不毛で、温暖な土地。
今でも汗がダラダラと流れる灼熱の大地。
だけど、暑さに反し、氷は解けることなく大陸のすべてを覆っている。
封印魔術。
いや、これは魔法の類なのかもしれない。
一部の山がくりぬかれているように穴が開き、緑色の瑞々しいサボテンの一部がえぐられるようにくりぬかれている。
フレグランス大陸の北部。
今では聖地とすら言われる魔王決戦の地。
そこでは、最後の勇者……封印の勇者と呼ばれるようになった彼女が居る。
初めて見たときは、ただただ殺意を覚えた。
彼女の前に居る存在に。
魔王。
勇者が殺すべき存在にして、本来の勇者である僕が殺さなくてはならない存在。
そして、その前に佇む彼女。
封印の勇者。本来の僕の役割を果たしてくれた存在。
彼女が両手と両翼を広げたまま氷漬けになっている。
衣服はボロボロで、傷だらけの姿のまま。
魔王と共に、氷像となっている。
衝動的に剣を抜き、慌てて剣を納めた。
そして、彼女の後ろの一部のみ凍っていないことに気づいたのは後からだった。
多分、ここに彼が居たのだろう。
かばわれたんだ。
彼は、彼女に。
あの表情にも納得がいった。
そして、足手まといである彼を少し憎くすら思えた。
僕なら、彼女を死なせることなんてなかった。
その時は、そんなバカなことを思った。
それから、世界は祝福を受けたように活気にあふれた。
フレグランス大陸の北部は先ほども言ったが聖地となり、彼は忽然と姿を消した。
非難中傷がどれほどあったかは分からない。
僕でさえ、【役立たずの勇者】と呼ばれた。
まあ、事実だ。
だが、世界を復興することで勇者として活動を続けている。
それでも、役立たずという言葉は何度も浴びせられている。
僕でさえこれだ。
彼女を殺した彼はもっとつらい思いをしているのは想像に難くない。
こうして世界は守られたんだ。
たった一人の少女を犠牲にして。
だけど、僕にはそれが許せなかった。
そんなバカなことだ。
勇者である僕が勇者としての使命を果たしていれば、
彼女は死ぬことはなかった。
「永遠の雪……か。消えない永久凍土。
そして、彼女が残した希望。
くそくらえだ!」
勇者の証ともいえる剣で氷漬けの魔王を叩いた。
ガァンと大きく鈍い音が響いて、消えていった。
勇者の剣でさえ、氷を砕くことは愚か傷つけることすらできず、剣は空中を舞った。
「僕は、お前が好きなんだ……。
初めて会った時から……ずっと、ずっと好きだったんだ」
口から想いがこぼれて、泣き崩れた。
強い彼女は昔からの憧れだった。
名前すら思い出すことを封じられ、地面を強くたたいた。
大地が揺れるほどの力を使っても、氷はヒビ一つ入らなかった。