表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流るる水に終焉を告ぐ  作者: 久成あずれは
本編:過去
8/38

7、私の視点

 流水(ながみ)が去った食堂は、静けさに包まれていた。料理を運んで来たメイド達は、突然始まった喧嘩に怯え、料理を運び切れずに立ち止まっていた。そんな彼女らに、私は声をかける。


「ごめんさなさいね。(わたくし)の呼んだタイミングが悪くて怖い場面を見せてしまって……でも、もう大丈夫よ。それに(わたくし)、お腹が空きすぎて困っているの。早く夕飯が食べたいわ」


「はいっ! 今すぐ、そちらにお運び致します!」


 少し、わざとらしい感じがしてしまったかな? と、心配になったが、メイド達は私の声を皮切りに、行動を再開してくれた。


「いつもありがとう」


 私の食事を運んで来てくれたメイドに笑顔で感謝を伝えてから、手を合わせて食事を始める。

 メイドが運んで来た料理を丁寧に食べながら、一水(いっすい)様を見る。彼は、お腹が空くと少し機嫌が悪くなる。今日は流水(ながみ)を待って居て、物凄く空腹だった筈だ。きつく当たってしまったのも、その為だろう。

 凪沙(なぎさ)は眉間に(しわ)を寄せて、無言で料理を食べていた。流水(ながみ)に言われた事に、何か思うところがあるのだろう。何時も優しい表情を浮かべている凪沙(なぎさ)にしては、珍しい。


 私は、そんな彼等(かれら)を眺めてから、彼等のすぐ側に寄り添っている従者達の表情を確認する。

 一水(いっすい)様の従者は、いつも通りの冷静な無表情で、何を考えているのか一切感じ取れなかった。それに比べて凪沙(なぎさ)の従者である雫は、険しい表情を浮かべていた。恐らく、先程流水(ながみ)が言った言葉に(いきどお)っているのだろう。自分の主人を侮辱(ぶじょく)されたなら、怒りを抱くのは誰であろうと自然な事だ。しかし、水園家(みずぞのけ)家督(かとく)に仕える者が、そのようでいては成らない。


「雫、お顔が険しいわよ? 流水(ながみ)に言われたことが引っかかっているのだろうけれど、今は主人の事だけを考えて頂戴」


「はい……その通りでございますね……申し訳ございませんでした」


 反省したように謝罪をした雫。それの後を追うように、凪沙(なぎさ)が言う。


「母上に注意させるようなことをしてしまい、すみません。雫には、後でしっかり言っておきます。しかし母上、私も流水(ながみ)に言われたことが気になって仕方がありません。私に母上の御名前を下さったのは何故ですか?」


「気にしなくていいのよ? あのようなこと……きっと流水(ながみ)の本当の気持ちではないでしょう? 貴方の弱味を突きたかっただけよ……」


 凪沙が食事の手を止めて問うたことに対し、私は、それを(かわ)す。しかし凪沙は納得が行かなかったのか椅子から立ち上がり、激しく主張する。


「ですが母上! 私もそのような事は分かっていますが、言われっ放しは……自分のことなのに、事実を知らないままなのは嫌なんです……!」


 切実な思いを口にした凪沙に少し同情し、


「そうね……」


 と、呟きながら一水(いっすい)様に視線を送った。一水様は私の視線に気付き、首を横に振った。一水様からの許しが出ず、私は表情を曇らせる。それに気付いた凪沙(なぎさ)は、悔しそうに歯を食いしばって席に腰を下ろし黙り込んだ。その直後、急に立ち上がると、


「すみません、急用を思い出したので失礼させて頂きます」


 唐突(とうとつ)にそう言い残し、凪沙(なぎさ)は食堂を去って行った。凪沙の残していった食べかけの料理から出る湯気を見つめ、諦めたように首を振る一水様に私は苦笑いする。


「二人揃って反抗期かしらね?」


「そうかもな……」


 息子達が居なくなった食堂は物凄く静かで、時折食器が発てる音が大きく響くのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


  食事を済ませた私や一水(いっすい)様は、それぞれの執務室に戻った。一水様は、まだ終わらせなければならない仕事が山程あるが、私は明日からの三日間に向けての準備を終わらせれば良いだけだ。


 というわけで私は、明日の準備を完璧に済ませておく為、持っていく物の最終確認をする。衣服の着替え、予備、食糧……などが、しっかりトランクに入っているかを確認し、火陽家(ひようけ)との交渉資料の暗記をしていると、青帆(はるほ)が部屋に戻って来た。紙の束を抱えているが、何を始めようとしているのかしら? と疑問に思っていると、青帆(はるほ)が私に声をかけて来た。


「失礼します、沙依(さより)様。机を少々お借りしても?」


「えぇ。別に構わないけど……何をするのかしら?」


「えっと……(わたくし)が居ない間分の流水(ながみ)様用学習プリントを作ろうと思いまして……」


「あら、それは弟さんに任せれば良いのではなくて?」


「うぅ〜そうなんですけどね……雫は凪沙(なぎさ)様の事で頭いっぱい……と言いますか、正直言って流水(ながみ)様のことを考えて居なさそうで……心配になって……」


 項垂(うなだれ)て愚痴る青帆(はるほ)を慰める。


青帆(はるほ)の弟だもの。そんなことないと思うけれど?」


「いやいや、アイツが流水(ながみ)様を見る目は、嫌悪感で溢れてますって!」


「ふふっ、こらこら……そんなことは言わない方がよろしくてよ?」


「はいはい。すいませんでした……分かってますよ……でも――」


 尚もブツブツと、弟さんの悪口を叩く青帆(はるほ)の言葉を聞き流し、ふと思いついたアイデアを実現させるべく、青帆(はるほ)に訊ねる。


「そのプリント作り、私にも手伝わせてくれないかしら?」


 何をする気ですか? と顔に書いた青帆(はるほ)が此方を向き、許可を出す。


「……良いですけど、あんまり難しい問題を書かないで下さいね? 流水(ながみ)様は、しょっちゅう課題をサボってますから解けないと思うんですよ。今日だって……ほら、課題のノート終わってるとか嘘ついて、私に渡したんですよ! 沙依(さより)様のお願いが無ければ、こんなの叩き返しますよ!」


 憤慨した青帆(はるほ)によって机に叩きつけられたノートをしばらく見て、良いことを思いついた私は、ノートに()()()()をかいてみた。しかし、ノートに落書きをしている私に気付いた青帆(はるほ)が、私に小言を漏らした。


「あっ! ちょっと?! 沙依(さより)様? ……何かいてるんですか……!」


「いいじゃない……ちょっとでも流水(ながみ)のモチベーションが上がれば良いなって思っただけよ? 貴女もかく?」


 即座に青帆(はるほ)へ言い返し、共犯にならない? と、誘ってみた。すると渋々といった感じで「はぁ……仕方ないですね……」と呟いた青帆(はるほ)は、すらすらと筆を走らせた。そして完成したものに、私は思わず呟いた。


「かわいいわ……!」


「あ、ありがとうございます……」


 私のコメントを聞いて頬を赤らめ、照れる青帆(はるほ)。そんな彼女を微笑みながら見ていたら、ふと視線が絡んだ。すると青帆(はるほ)は慌てて顔を逸らし、褒められて照れた己の気持ちを紛らわすように声を出した。


「さ、さあ! じゃんじゃん問題を書いて、プリントを作っていきましょう!?」


「ふふっ、ふふ……そうねっ……」


 笑いを堪えつつ、なんとか返事をした私は、青帆(はるほ)と一緒に、流水(ながみ)へ贈る問題を書いていくのだった。


 一通りのプリントを作り終わった私達は、仕事を片付けている一水様(いっすいさま)に差し入れを持っていく。これは毎日の日課だ。……寝る前に、一水様に会いたい……って理由ではなくてよ? 

 青帆(はるほ)が準備してくれた夜食を、一水様の執務室に運ぶ。今日の夜食は、アッサムのミルクティーと、旬の栗を使ったモンブランだ。しかし、これだけでは物足りないはずなので、粒餡(つぶあん)の餡パンも準備してもらった。一水様は、私と同じ甘党なのだ。執務室の扉をきっちり三回ノックした。


「どうぞ〜」


 間延びした声がしたと思ったら、一水様の従者が扉を開けてくれた。一水様の従者は、青帆(はるほ)の父上だ。代々水園家(うち)に支えてくれている、水園家直属の使用人育成家である青雫家(あおしずくけ)からは、優秀な人材が多く輩出されている。忠誠心が強い青雫家(あおしずくけ)の者は、敬意を持って仕事をこなしてくれるので、水園家(うち)の屋敷は大変過ごしやすい環境になっている。


「一水様、持って来ましたわよ」


沙依(さより)〜! 待ってたよ! 今日もありがとうございます!」


 書類仕事で糖分を大量消費した一水様は、テンションがおかしくなっており、通常とのギャップが凄まじい。私も嫁ぎたての頃は、このギャップに驚かされたが、当時の私は……うっかり……そんな彼に萌えてしまったのだ。食が関わった一水様は、色々と凄いのだ。


「ふふっ、待っていたのは(わたくし)ではなくて、夜食の方でしょう?」


「そ、そんなことないよ?」


 目を泳がせる一水様の前に、夜食の乗ったトレーを置く。待ち切れないというように、そわそわしている一水様に、食べて下さいなと、ジェスチャーをする。すると彼は眼を輝かせて手を合わせた。


「では、いただきます……」


「どうぞどうぞ」


 夜食を食べ終わった一水様に、食事の時からずっと気になっていたことを尋ねてみる。


「あの、一水様……何故流水(ながみ)の手本を凪沙にやらせたのですか?」


 糖分を十分に摂取して、いつも通りのテンションに戻った一水様が答える。


「あぁ……それはな、流水に気付かせるためだ」


 案の定、予想通りの返答をされたので意見する。


「はぁ……あれじゃダメよ……凪沙と流水が仲違いしてしまうじゃない。流水(ながみ)は凪沙のこと――」


「何とかなるだろう。あの二人は、お互いのことを思いやり過ぎている。一度衝突した方が彼らの為だ。理解し合えれば、支え合って強くなれる」


 そう、上手くいきますかね。という、マイナスな突っ込みは呑み込んで微笑むことにした。そして本日の本題を、一水様(いっすいさま)に伝える。


「そうだわ、今日はもう一つプレゼントがあるのよ」


「追加の仕事ならお断りだぞ?」


 書類仕事を再開していた一水様が、即座に反応した。そんな彼に、


「仕事じゃないわ」


 と、笑顔で先程作ったプリントを渡す。しかし、受け取った一水様は顔を(しか)めた。


「これの答えを書くのか?」


「そうよ? 流水にあげるの。家族のことを知ってもらうきっかけになればと思って……ほら、流水勉強嫌いって言ってたじゃない? ……家族に関してのことなら、学ぶ気おきるかしら? って思ったのよ」


「は――……仕方ないなぁ……って、仕事じゃないか!」


「仕事じゃないわよ? だって流水の勉強嫌いは治せないじゃない? 流水の言った通り、水園家(うち)が滅びるとか、家族が全員いなくなったらとか、物凄く衝撃的なことでも起きないと、今の流水(ながみ)の考えを変えることは出来ないと思うのよ。だから、新しい? 目標を立てるきっかけとかになれば良いと思って、家族のことを問題形式で学んで貰おうって考えたのよ」


「なるほど……絶対に勉強しろと言いたいわけではないからな……それに、何のために勉強をするのか自分で納得出来ていないと、やりたくも無い学習なんて辛いだけだ……俺も沙依(さより)に逢うまでは、そうだっだしな……よし。息抜きにでも書いておくとしよう。それに、沙依(さより)が考えているような事が起きずとも、なにかの拍子に……流水も気付くだろう」


「そうよね。そうだといいわ……それじゃあ、お仕事頑張って下さいね、あと……ありがとう。本当に、一水様は優しい人ね。明日からの三日間、(わたくし)は居ないけれど、一水様が不安になった時は、私……貴方に大丈夫って言うから……その時は安心して下さいね」


 私の不安が伝わったのか、一水様は一瞬表情を曇らせた。しかし直ぐに、不安を打ち消すような笑顔で笑うと、


「大丈夫だ。きっと大丈夫!」


 と言う。何の根拠も無いのに、大丈夫なんて言われても、安心できないはずなのに……私は彼の笑顔に、安堵を覚えたのだった。そして火陽家(ひようけ)で不安になったら、この笑顔を思い出そうと、心に決めた。名残惜しさ溢れる空間に、別れを告げる。


「では一水様、私はこれで失礼しますね」


「あぁ、お休み」


 一水様は、微笑んで返事をして下さった。温かくなった心とは対照的に、冷えた身体を膝掛けで温める。青帆(はるほ)に風呂の準備をお願いしてから、私は流水(ながみ)の部屋へ向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ