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流るる水に終焉を告ぐ  作者: 久成あずれは
本編:現在

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31/38

30、ごめん

 緑の合言葉によって溢れ出した蕾花力に圧倒され、流水は戦意を失った。


 もう嫌だ。痛いし辛いし逃げたいし、やめよう。諦めちゃダメだ。まだ、まだ粘るんだ。守るべきもの? 護りたいもの? 嫌だ……自分は傷付きたくない。家に帰りたい……暖かいベットで眠りにつきたい。夢を見て……後悔して、自分に(むち)を打って、努力して、立ち直って、前進してきた。けど……もう、駄目だ。


 大粒の涙をぼたぼたと落として流水は崩れ落ちた。


 腹は突き破られて内臓が欠損(けっそん)してるし、血が沢山出てるし、目も使い潰しちゃったし、何度も打ち付けた頭がグワングワンするし、肺は、ひりひりするし、喉が焼けるように痛むし、意識しても吐血が止まらないし、脚はボロボロだし、腕も血塗れで痙攣(けいれん)が治らないし、生きてることが不思議なくらい、身体中穴だらけだし、能力も底を尽きそうだし……このままだと、死んじゃう。


 ……何も守れていない、何も救えていない、この手で誰も幸せにできていない。こんなんじゃ、このままじゃ、父上に認めてもらえない……憧れの兄上なら、こんな時どうする? 立派で優しい母上なら? 二人ともきっと逃げたりしない。自分の弱さを認め、それでも立ち向かうだろう、護りたいもののために。なら……自分は弱くて情けなくて、クズでどうしようもないクソ野郎な僕は……最後まで諦めちゃ駄目じゃないか。責任を全うする責務がある。夢を叶えたいという希望がある。命を懸けてでも、護りたいものがある。何を渡してでも失いたくないものがある。


 なら立ち上がるんだ。頑張って頑張って頑張って、それでも駄目だったとしても、頑張ったなら良いじゃないか。努力は無駄なんかじゃないその努力が届かなかったとしても、頑張った事実は変わらない! ……きっと、認めて下さいますよね? こんなに、みっともなく足掻(あが)いている僕でも、父上は認めて下さいますよね? 母上は褒めて下さいますよね? 兄上は認めて下さいますよね?


 僕、頑張りますから。諦めませんから。今迄の自分を許せるように、今、全てを捧げます。もう二度と私は逃げません……我が身が滅びようとも守ってみせます。父上と母上と兄上が僕に(たく)して下さったものを! 


 そして流水は立ち上がった。実年齢に戻った緑に、自分の全てをかけて総攻撃をする流水。雪を散らせ、(ひょう)()き、(くい)を構える。背後の水玉を動力源に、次々と杭を放っていく。しかし総力を挙げての攻撃は、緑を掠めるだけだった。右眼を失った流水は、的中力が半減していたのだ。質より量と言わんばかりに、流水は杭を撃ち続けた。一斉攻撃に耐えられなかった緑の首は、体と別れた。緑の首を撃ち落とした事で気が緩み、ふらついて倒れた流水は、目の前の光景に戦慄(せんりつ)した。緑が首からツタを生やして、首だけで生きていたのだ。


 流水は、飛びかけた意識を縛り付けて立ち上がった。憎しみしか無い表情で緑を(とら)えて、雨雲を発生させた。流水の頭上に出現した金の雲……それは、雨水家の慈雨(じう)だった。傷を治した流水は、地面を蹴って飛翔(ひしょう)する。狙うは緑の首、蕾花を切り離す事だった。流水の蕾花は満開で、既に半分程凍っている。流水の慈雨は性能が高かった。しかし緑のツタによって出来た傷は、表面的には無くなったとしても、何故か精神(せいしん)的な痛みは消えていなかったのだ。傷は確実に身体へと蓄積(ちくせき)されていた。


 全身を巡る血が沸騰(ふっとう)しているかのような苦痛を抱え、緑の放つ太く素早(すばや)いツタの雨の中を、流水は走った。喉が削り飛ばされても、腕がもぎ取られて消えたとしても、片足が根元から食い千切られても、流水は止まること無く前進し続けた。


 緑は、戸惑(とまど)った。攻撃が外れている訳ではない。当たっているというのに、彼は()けていないというのに、何故(なぜ)か止まらない。確実に、こちらへと接近(せっきん)している……何故だ、何故避けようとしない? 何故、そこまで……緑は、鼻先まで近づいた流水の瞳を覗き込んだ。流水の瞳には何も映っていなかった。しかし、何も映さない彼の瞳には確かな光が宿っていた。そそして緑は理解した。流水は儂を殺して家族を護りたいだけなのだと。儂は、他のことを考えすぎていたのだと……。


 その時、流水が緑の首根元を雪刃(せつじん)で斬り裂いた。転がる緑の首と、飛び散る赤黒い血を浴びて、流水は床に打ち付けられた。顔の横に転がってきた緑の首からは、蕾花の気配が消えていた。(にご)った瞳に、光は無かった。


 緑に勝った流水は、豊土家(とよつちけ)に避難した家族を助けに行かなければという、(なか)ば無意識的な使命感で起き上がった。フラフラとした覚束無(おぼつかな)い足取りで大樹の家から飛び立ち、氷結しない傷口から血を()らし続けながら、豊土家を目指した。


 右眼は失明している。再生された脚や腕などを含む身体は、細胞が蕾花に乗っ取られて形状が不安定になり、変形を繰り返したりしている。貫かれた胸からは、今だに鮮血(せんけつ)(したた)っている。


 草原の中に強い蕾花力を感じても、眉一つ動かさずに素通(すどお)りしていく流水。彼は生身のまま、()に匹敵する程の蕾花力を放っていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 流水は豊土家につき、辺りを見回した。そこは荒れ果てていた。黒煙(こくえん)が渦巻き、()げ臭さと血の臭いで埋め尽くされていたのだ。時折(ときおり)、焼かれた建物が崩れ落ちる最期の悲鳴を上げるだけで、人の声は、悲鳴は聴こえない。此処(ここ)に居た人達は皆、殺されたのだろうか。何処(どこ)を見ても、赤、赤、黒、赤、黒……そこらじゅうに、死体が山積みになっている。その中に、血で輝きを失った白髪を見つけて駆け寄ると、それは深雪だった。その近くには、水園家の家族が重なり合って倒れている。


「う……い、うい……み……う、い……」


 削られた喉が回復仕切(しき)っておらず、声が出(にく)くなっているようで、思うように声が出なくなっていた。喉を震わせて、必死に舌を動かしても「深雪」の一言が、口から出ない。深雪は、ピクリとも動かない。深雪を抱き上げ、治癒水をかけるが何も変わらない。


 あれ? 私は何のために……私は、何をしているんだろう。深雪を失った。澪も流津も、護りたかった水園の家族も……何も出来ていないじゃ無いか……守れやしなかった。自分は、どうしようもないくらい弱い。軟弱(なんじゃく)天邪鬼(あまのじゃく)で堕落者で……嫌だったはずなのに、見ているだけなのは、なのにまた、また一つ失った……何も出来ないまま。私は、私は何のために! 何のために力を望んだんだ? 失いたくないから、護りたいからって、それなのに逃げたのか? 私は上辺(うわべ)だけでしか、そう思っていなかったのか? 失いたくないなんて、ただの(うた)文句(もんく)だったんだ。逃げるための口実(こうじつ)でしか無かった。一度でも守ったことがあっただろうか? ずっと、一を選んで逃げていたんだ。逃げないって決めたのに、立ち向かうって、言ったのに……約束、したのにっ……。


 私は駄目人間だ。周りは全て正しかった。私が間違っていたんだ……情けない、今になっても、まだ逃げようとしている。自分の行いを間違いだと言うのは、今迄の自分を否定して、今は無意味だったのだと決めつけて逃げるのと同じだ。自分は間違ってない。間違いなんか誰が決めるって言うんだ! 正しさなんて、自分で信じたものが正しいんだ! 間違いなんてなかった。努力した自分を否定するのは、お(かど)違いだ! 正しさが、他人の正しさにぶつかっただけなんだ! 進め、前へ先へ、水の流れるように! 段差があるから水は進むんだ! 私は、流水だ! 流れる水は、止まらない!


 ……私は、必死で自分を(たも)とうとした。こんな言葉を自分に浴びせても、何も変わらないのに。意味なんか、無いのに。深雪は死んだ。これは、変わらない事実だ……守れなかった。深雪も、約束も。なんで、なんで置いて行ったの? 約束したじゃんか! なんで、なんでっ……! 深雪……ごめん……私今、深雪のことを凄く恨んでる……裏切ったなって、私を一人にしたなって、守るなんて、嘘だったじゃんって…………終焉(しゅうえん)寄越(よこ)してよ、深雪っ……!


 ……ごめん、ごめんね深雪……そんなの、私も同じなのにね。ずっと逃げていた。何を決意しても、何が起きても、私は逃げることを辞めに出来なかった。立ち向かうだとか、二度と逃げないとか……もう、何回言ってきたのかな? 何回目かなぁ? 結局、私も僕も駄目人間だ。何も変わらない。何も変えられない……努力なんて、意味あったのかな。

 誰かのために……家族のために? そんなの、自分のキッカケ作りでしか無くて、誰かの犠牲(ぎせい)が無いと、何も出来ないのと同じじゃ無いか……もう、本当に嫌だ。今度こそ、本当に一人ぼっちだ。もう辞めたい。こんな自分は、無いものにしたい……消えちゃえ消えちゃえ、死んでしまえっ! こんな私は、もっと早くに死ねば良かったのに! 未来の自分なんかに期待して、前を向くべきじゃなかったんだよ……あの時、死んでいれば……全てを捨てて、裏切って、死ねば良かったんだ。

 間違えたんだよ、初めから間違っていたんだよ、僕が存在したのが、間違いだったんだ。どうして? ……なんで生き(なが)らえてしまったんだ。なんで、なんで生きてんだよ、もういいだろ? 消えろよ……死ねよ、流水(ながみ)っ……!


  自分に死ねと言った私の耳に、深雪や、澪、流津、父上、母上、兄上などの声が聴こえてきた。何か、都合の良い言葉を私にかけている。こんな幻聴まで聴こえて来るなんて……ばかばかしい……。私は家族の声を無視して、雪の杭を生成し、首に突き刺そうとした。


 しかしその時、人の気配を感じた。驚いて気配を感じた方を見ると、緑髪の人達……緑木家の者が武器を構えていた。奴等(やつら)は、大人一人が余裕で入りそうな程の大袋(おおぶくろ)を、大量に持っていた。死体を持っていく気なんだ……奴等の目的を瞬時に理解した私は、攻撃を仕掛けた。しかし蕾花力が枯渇寸前(こかつすんぜん)で、蕾花も枯れそうな私に対して、三十という敵の量は多過ぎた。

 治癒水が使えなくなり、水刃も水玉弾も、慈雨も使えなくなった。使えるのは、氷結と雪刃……氷雪家の特出能力のみだった。なんだか、体温が下がっている気がする。蕾花は、(ほとん)ど凍っていた。まだ少し残っている普通の血肉(ちにく)が、氷雪蕾花に(むしば)まれて行っているのか、瞬間冷凍されているような言い表し(がた)い激痛が、身体を()(めぐ)っている。

 それでも、家族をこれ以上目の前でいたぶられて行くのを、ただ見ているような自分になるのだけは許せない。私は、戦うしか無かった。狂ったように、走り、殴り、斬り殺し……しかしそれでも、蛆虫(うじむし)のように湧いて出て来る緑木家の集団に何十回も槍で突かれ、私は動けなくなって地べたに()いつくばった。蝶を標本にする要領(ようりょう)で、地面へ槍で縫い留められているというのに、身体が氷雪蕾花に馴染んだのか、不思議と痛みは感じなかった。


 揺らいで行く意識の中で、死体になった家族達に手を伸ばしながら、流水は自分を呪った。

 どうか、どうか、こんな私に、もう一度チャンスを与えて下さるというのなら、やり直しを始めるその瞬間に……私を殺して下さい。居ない方が良かったのです。誰も幸せになりませんでした。誰も幸せに出来ませんでした。誰も守れませんでした。何も出来ませんでした。何も変える事が出来ませんでした。怠けた自分の本性を、正せませんでした。皆んな、失ってしまいました。私の所為(せい)で、救えたものも、救えませんでした。


 父上、母上、兄上、流津、澪、深雪…………深雪の手が、目と鼻の先にあった。私は力を振り絞って、手を伸ばした。深雪だけでも護りたい……最後まで、深雪に触れていたいと、感覚の失せた手を深雪に向かって伸ばし続ける。しかしその手が、指先が、彼に届くことは無く、触れることすらも無かった。


 流水の首は、斬り落とされた。


 音もなく、水園流水(みずぞのながみ)の命は尽きた。誰も護れず、誰との約束も果たせずに、意味もなく足掻(あが)いた彼の人生は、意味を持たぬまま終わったのだった。

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