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流るる水に終焉を告ぐ  作者: 久成あずれは
本編:過去
3/38

2、思い出と現実の結果

「なぁー、(れい)深雪(みゆき)〜、勉強って楽しいか?」


 僕は、幼馴染達に(たず)ねた。草原に寝っ転がっていた僕を、深雪(みゆき)が笑って見遣(みや)る。


「ふふっ、流水(ながみ)は勉強嫌いなの?」


 深雪(みゆき)に笑われてしまい、子供っぽいことを言ってしまったかな? と、少し後悔する。しかし、このままだと話題に区切りがつかなくなるので、深雪(みゆき)の問いに答えた。


「大っ嫌いだ!」


 勉強を嫌いと言った僕を、不思議なものでも見たかのように首を(かし)げた(れい)が、振り向いて尋ねた。


「なんで? 領主の勉強は、そんなに難しいの?」


「うん! ……ものすっごく、難しい! とにかく覚えなきゃいけないことが多くてさぁ……」


「大変だね……でも、私だって家督(かとく)だから、家長になる為の勉強、してるよ?」


 深雪(みゆき)が同情の目で、僕を見つめてから溢した。


「そうなんだけどさぁ……」


「まぁた、お兄さんの話〜?」


「なっ、ち、違うし!」


 自分だけではない事は分かっているが、僕が言いたいのはそういうことではなくて……という思いが、言葉を濁す。それに呆れたようで、(れい)揶揄(からか)ってきた。慌てて否定するが、(れい)は、良い餌でも見つけたかのように噛み付いて来る。


流水(ながみ)は、お兄さんのこと、大好きだもんね〜」


「はいはい、(れい)、冗談はそこまでにして? ……ずっと気になってたんだけど、流水(ながみ)……本当はお兄さんのこと、どう思ってるの?」


 調子に乗り始めた(れい)を、深雪(みゆき)が静め、疑問を投げて来る。輪郭(りんかく)のぼやけている言葉を、手探りで固めて紡いで行く。


「僕……本当は、兄上のこと――」


 目が覚めた。どうやら、自習中に居眠りをしていたみたいだ。僕は、いつでもどこに居ても眠くなるので、珍しいことではないが、夢を見るのは珍しい。懐かしい夢だった……自分が、まだ幼い子供だった頃の思い出だ。二人のことを考えながら寝落ちしたから夢を見たんだろうか? あの頃は、(れい)深雪(みゆき)の3人で、よく遊んでいた。三人とも年齢は違うけど、とても仲良しだったし、深雪と澪は、僕にとって兄弟みたいな存在だった。最近は、それぞれの家で正式に家長になり、2人共忙しいので、中々3人は揃わない。


 深雪の家……氷雪家(ひょうせつけ)には、しょっちゅう遊びに行っているが、澪には四年も会っていない。五年前、奥さんを連れて突然水園家領(うち)を出て行ったと思ったら、昨日父上に連れられて、子連れで帰って来たらしいから、とても気になる。本音を言うと、澪の子供が見たい!


 澪も水園家領(うち)に帰って来たことだし、近々三人揃う機会があるかもしれない。でも、それぞれ家のトップだし、忙しいかな。ま、どうしても会いたくなったら二人の仕事場に行っちゃえばいっか。僕は課題さえ、サボっちゃえば暇だもんね?

 そう、暇なのは僕一人。僕は家督でも家長でもない。兄上が家督だからだ。僕は五大家の一つ、水園家(みずぞのけ)の次男だ。現在の水園家(みずぞのけ)当主は僕の父上で、僕は兄上に、もしものことがあった時の代わりだ。


 兄上のことは、別に嫌いではない。しかし、兄上が家長の座に就くまで、僕という保険が必要なのだ。なんてったって、五大家の一家だから。家長を継げないと家が倒れてしまう。家のトップが消えると、他の家の奴らに庇護下の花家(はないえ)や領民が奪われてしまう。つまりは、水園家壊滅だ。五大家の均衡(きんこう)も、崩れる。五大家の何処の家が絶家(ぜっけ)になっても、花家や領民、土地の奪い合いで戦争が起きるだろう。そんなことがないように、僕のような保険をかけるのだ。なんて、今の自分に皮肉めいたことを言ってみる。


 まだ終わっていない課題に、再び手をつけることはせず、ぼーっと窓の外を眺めてみる。水園家(みずぞのけ)の領地をぐるりと囲んでいる氷の壁。壁の外側は、深く広い大河で囲まれているらしい。壁の外には出たことがないので、外のことはあまり知らない。氷の壁は、水園家(みずぞのけ)蕾花能力(らいかのうりょく)によって、強化保護が施されており、絶対に溶けることはない……らしい。


 蕾花能力か……僕には、自分の能力を操る才能が無いからなぁ。何回かやっても上手くいかなかったから、直ぐに諦めたし。逃げて、サボって、色んなことから逃げている癖に、未だに自分のやりたいことが見つかっていない。


 僕の存在には、価値がある。しかし意味は無い……そんな感じ。

 ふと、空を飛んでいる一羽の鳥を見つけた。自由に空を泳いでいる小鳥だった。自由に何処へでも行ける鳥のことが、正直羨ましい……


「あーあ、僕も鳥になりたいなぁ……」


 言ってなれるわけではないが、言ってみた。頭では解っているんだ。恵まれた環境に生まれて、この環境で育った責任と、この環境に居続けるための努力から逃げて、自由になりたい……と思うのは、わがまま過ぎるってことくらい。


 突然、静かな部屋に、扉をノックする音が響いた。「どうぞ」と入室を促すと、静かに扉を開閉して、僕と兄上の教師……青帆(はるほ)が入って来た。


「失礼致します流水(ながみ)様。先日行った、復習テストの結果が出ましたので、ご報告に参りました。水様(すいさま)が採点して下さったのですが……」


「父上が? 珍しいね……最近は花家(はないえ)間の争いが、勃発(ぼっぱつ)してるんじゃなかったけ? 水園家から派生した花家の救出で忙しかったんじゃないの?」


 青帆(はるほ)と会話をしつつ、ゆっくりとした動作で、机の上を片付けて行く。


「はい、その通りなのですが……(わたくし)流水(ながみ)様の解答用紙を持って、自室に向かっている途中、花家救出から戻った水様が……」

青帆(はるほ)じゃないか。どうだ? 流水(ながみ)の勉強ぶりは」

水様(すいさま)! 何故このような所に……? あっ……失礼致しました。本日も、御勤めご苦労様です……あ、失礼しました。流水(ながみ)様の勉強嫌いは昔からのことながら、本人は大変努力なさって()ります。本日は復習テストを致しまして、これから採点を行うところであります」

「そうか……では、その解答用紙、私が採点しよう」

「と……いった流れで……」


 一人二役で演じ、青帆(はるほ)は、その時の状況を説明してくれた。


「……はぁ、成る程。そうだ、父上は元気そうだった? 最近の救出した花家と云えば……(れい)の家だよね?」


「左様であります。水様(すいさま)は、少しお疲れのご様子でありました。しかしながら、(わたくし)から流水(ながみ)様の解答用紙を受け取られた後、嬉しそうにお帰りになられました」


「……そう。で、テストの結果は?」


「……此方(こちら)でございます」


 青帆(はるほ)から解答用紙を受け取り、点数をみる。


「うわぁ……凄い点数……」


 と、溢しそうになるのを、グッと堪えて無言で固まる。そんな僕を心配したのか、青帆(はるほ)が、僕の持っているテストを覗き込んだ。


「……流水(ながみ)様? どうなされまし――……」


 しばらく、部屋を静けさが包み込んだ。原因は、テストの結果である。勉強は、ちょくちょくサボっていたが、真逆こんな点数になってしまうとは……末恐ろしい……。青褪(あおざ)めている青帆(はるほ)を見るに、僕に見せるまで、テストの結果を確認していなかったのだろう。青帆(はるほ)が思い出したように、ぎこちなく僕の顔を見た。


「そういえば水様(すいさま)が、此方のテストを返して下さった時に……」

「……流水(ながみ)に話がある。夕飯は、遅れずに来いと伝えてくれ」

「と、仰っておりました……! もしかしなくても話って、テストの結果についてなのではないでしょうか?」


 またしても、一人二役でその時の状況を再現する青帆(はるほ)。笑いを堪えて、なんとか返事をする。


「……まぁ、そう考えるのが自然だね……」


「自然だね……じゃないですよ! どうしましょう? ! 大変ですよ! この結果では、叱られること間違いなし! じゃないですか〜!」


「そうだね……」


 青帆(はるほ)は、何か起きると、直ぐにオーバーリアクションを取るので、見ていて面白い。そんな明るい青帆(はるほ)が、また表情を変えて尋ねて来る。


「はっ! 忘れていました! 今日の課題、終わっていますか?」


「あ、あぁ。これ……終わってるよ」


 本当は終わっていない課題ノートを青帆(はるほ)に渡す。


「そうですか。では、回収させて頂きますね。今日は、此れだけなので、もう自由時間です。お好きなように過ごして良いですよ〜。それでは、御武運(ごぶうん)を……」


 僕が嘘を()いていることも知らずに、ノートを受け取った青帆(はるほ)は、ノートの中身も確認せずに、いそいそと部屋を出て行った。再び静かになった部屋で、一人呟く。


「御武運をって……大袈裟(おおげさ)な……」


 青帆(はるほ)って、意外と抜けてるよな……僕を信用しきって、疑っていないだけか……? まぁ、いいや。お陰で自由時間をゲット出来たことだし。

 こうして自由になった僕は、水園家(うち)に帰って来た(れい)の家へ、遊びに行くことにした。

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