1、待ち合わせ
見晴らしの良い広大な草原に、四人の男が固まって立っていた。陽の高い青空に、春の穏やかな風は草原を揺らしていた。それぞれの髪の毛が、さらりと流れる。
光が当たれば白、影が落ちれば青色に染まる、空色の髪と、青とも深緑とも伺える少し癖のある一つ縛りの髪。雪の様に真っ白な、手入れの行き届いた白銀に輝く長い髪達……男達は、遠方を注視していた。
「あ、人影が見えました。誰か来たみたいですよ? どうします水様?」
始めに声を発したのは、青深緑色の髪をした男だった。真中のみを後ろに流し、左右をふんわりと下ろした前髪を払い、黒縁の眼鏡を指の背を使って持ち上げ、左隣に居る空色の髪をした少年を見た。
少年は、彼の後ろで一つに結ばれた髪が風に揺れているのを見てから彼と目を合わせ、呆れたと言ったように首を振る。右側は外跳ねするようにかき上げ、中心を少量残し、左側に流して止めた前髪は、とてもアンバランスだ。
左右に首を振る動きに伴って、右耳につけている雫型のイヤリングが揺れる。瞳と同じ、濃い海のような深い湖のような色のそれは、光に透けて青緑の光を生んだ。
「雫、待ち過ぎて幻覚でも見えたんじゃないか? 淡雪、どうだ? 火陽家が来たか確認出来るか?」
「了解しました。やってみます!」
返事をした雫の前に居る白髪の少年こと淡雪は、手の平から雪達磨を生成して、両手でそれを数十メートル先の前方に投げた。普段は造らない三頭身の可愛い雪達磨だった。
左寄りの高い位置に髪の毛をまとめ、灰色のリボンを鉢巻のように巻いた淡雪が、自分でぶん投げた雪達磨と視界を共有し、状況を報告した。
「えっと、金色頭と銀色頭の二名……と、その数メートル先、南側に、火陽家の人ですかね? 赤毛の女児、茶黄土色の髪をした男、白茶色の髪をした女が見えました。背中だけなのではっきりとは判らないのですが、多分男と女二人だと思います。何か言い争っているようですよ? ……ほんと火陽家の奴ら、急に呼び出して置いて何のサプライズなんですかね? でも、水様が居れば我々が敗北することは有りませんから……さっさとかって来ればいいのに!」
「そうか、私もこのサプライズには驚いている……火陽家以外が来るなんて話にはなかったんだが? それに私自体は、そんなに強くないんだぞ淡雪、調子に乗り過ぎないでくれ……」
私は淡雪に言い聞かせる。が、自分の左隣に居た深雪に肯定される。
「大丈夫ですよ、すいさーー……流水は、家族の仇の為にあれほど努力したんですから。丁度良いじゃないですか、流水の家族を殺した奴らが一同に介して来てくれたってことですし、この際まとめてぶっ潰しましょう?」
流水は私の本名だ。水様というのは、水園家当主の呼び名……つまりは役職名みたいなものだ。
「はぁ……深雪までそんなこと言って……あとそれ、笑顔で言うことじゃないと思うぞ? 私達の水園家は五大家階級最下位だ。上の階級の家に勝てるわけないだろ……」
深雪は白髪白眼で、フサフサのまつ毛に白い肌、細い手脚で長身という、絵に描いたようなバランスのとれた美人な男だ。さらさらで艶やかな髪は、良く手入れされている事が一目で判る。左側の耳の上でまとめられている後髪は腰までの長さがあり、産まれた時から伸ばし続けているらしい。
一つ残念な所を挙げるなら、長めの前髪のせいで瞳があまり見えないことだ。そんな深雪が続けて言った。
「ですが、五大家の階級は蕾花能力者の数で決めてるじゃないですか。質だけで考えたら水園家が一番ですよ……きっと」
口に出すくらいの自信があったのなら、きっとを付け足さないでくれよ……。溜息を吐いた瞬間、投げた雪達磨と視界を共有していた淡雪が、声を上げた。
「水様! あの二名、動き始めました。アレは……金城家のハンブレシアとミミズクです! 大群がこちらへ接近している模様!」
急に叫けばれたので、吐いた息を再び吸ってしまった。んっ!? ハンブレシアって……ミミズか。待てよ、ミミズとミミズクの大群って……金城家の当主達が来てるのか? 金と銀の頭二つと報告された時点で気づくべきだった。それに金城家って水園家の二つ上の階級じゃんか、うわぁ負けるかもしれない。
淡雪の報告によって、一瞬で緊張が張り詰め、若干尻込みした空気感になった。そんな空気を打ち消すように、私は声を張り上げる。
「それでは皆! 大口叩いた分くらいは頑張ってくれ賜えよ? あと、誰も欠けずに水園家に帰るぞ!」
「はいっ!」
返事を合図に二人が走り出し、攻撃を展開する。氷雪家の当主である雪屋根深雪は、雪と氷を操り、広範囲でミミズを冷凍して粉砕していく。氷雪家家督の淡雪は、氷を出現させる事は出来ないが、普段使いのお得意六頭身雪達磨と大量の雪を操り、ミミズを蹴散らしている。
淡雪の六頭身雪達磨は、はっきり言って気持ち悪い。つるっと丸い頭が、手脚の長い長身の身体に乗っているからだ。可愛さを出す為にマフラーを巻いてあげているらしいが、それ以外何も身につけていないので、逆効果な気がする……。本人曰く、深雪をイメージして作ったらしいが、私は、あんなキモ雪達磨と深雪を一緒にしないでもらいたいと思っている。
氷雪家は暗殺を得意としている家だが、正面切った大群相手でも、派手に滅殺することもできるようだ。大量のミミズをバシバシ刻んで行く氷雪家のエリート達を眺めて、私の力は貸す必要無かったかなとか、今後の戦わせ方を考え直した方が良いかもしれない……などと、ぼんやり考えていた。
空を飛んでいたミミズクは、いつのまにか何処かへ消えていた。造った人の元へ戻ったのかもしれない。私の従者……雫は私の隣で待機中だ。
「氷雪家の二人だけで、金城家を追い返せますかね? いくらエリートでも、この数を二人だけで滅殺するのは不可能なのでは?」
「……やっぱり無理だろうか?」
ポツリと呟いた雫に同調すると、驚かれた。
「え? まさか、あの二人だけでミミズ軍を消滅させるつもりだっだんですか!?」
「あぁ。二人共強いし……それより、金城家は何が目的なんだろうな? ……二階級上の家相手なら、私らはとっくに殺されていてもおかしくない筈だが……」
「そうですよね……それに元々私達、戦いに来た訳じゃないですもんね? 火陽家からの連絡はまだ来ないんです?」
「あぁ。何をしてるんだか……向こうもミミズに襲われてるんじゃないか? ……早く帰って、投げてきた仕事をしな……あ」
言い終わらない内に、見つめていた炎が大きく揺らぎ、炎に火陽家の当主が映った。炎と同化しているように見える天パの赤毛に、吊り上がった大きな瞳。瞳は透き通った冬の空を映し取ったような青色をしている。慌てていたのか、帽子がずり落ちそうな角度で頭に載っている。
「すまぬ。ちと不手際が生じてのぅ、連絡が遅れたのじゃ。お主ら……無事か? 全く金城の奴ら、最悪なタイミングで邪魔をしよって……! 何処から情報を仕入れよった……!」
見た目は十歳弱の女児だが、殿様口調とは……母上も初見の時、さぞ驚いた事だろう。驚いた感情を悟られないように、作り笑いをする。
「私は無事ですよ。火陽の姫君……想像と違いますね……」
あ、マズった! と気がついたが……時すでに遅し。「想像と違いますね」と言う言葉を聞きつけてか、突然、左眼に火玉の形をした眼帯を着けた灰目で茶黄土の髪色をした男が割り込んで来た。
「何が想像と違いますね〜だって!? 想像より可愛くないって言いたいんですか? 殺しますよ!」
えっ、そんな、そういう意味じゃないです……と口に出す前に、炎の隅っこに映し出されたの女が男を呼んだ。
「ちょっと焔心〜逃げんな! 帰ってきてー! ミミズクがミミズ食って、キモくなったの! 手ぇ貸して!」
「こら! あんた達! 今重要な話してるんだから邪魔しないでよ! さっさと持ち場に戻って!」
ダジャレっ? と動揺したのも束の間、すかさず飛んだ火陽姫君のお叱りの言葉に、またまた仰天する。殿様口調じゃないっだとっ?! 消えたミミズクは、そちらに行っていたのか……と納得した直後、まとめて叱られた女が眼帯男……焔心という名前みたいだ……に悪態を吐く。
「焔心の馬鹿っ! 私も含まれたじゃない!」
「わーい! 姫様のお小言いただきました〜! 持ち場戻りまーす!」
焔心という男は、頭がおかしいのか? ただ単純に姫君が大好きなだけなのだろうか? 一連の流れを見せられた私は、隣で笑いを堪えている雫につられて笑ってしまいそうになったので、考えることを辞めて、作り笑いを保つ事だけに集中する事にした。
「全く……焔心ときたら……はっ!」
姫君は何かに気がついたのか、言いかけていた文句を飲み込み、息を飲んで、その後わざとらしく咳払いをした。
「こほんこほん……今回呼び出したのは、一年前の事で話があった故……」
殿様口調は、キャラ作りだった〜ということで片付けていいのだろうか……? 幼い見た目だけど、実は十代後半なんだろうか……? よし決めた、深読みは辞めておこう。
そうか去年の事でこんな、水園家領から出て半日かかる辺鄙な現在地まで呼び出されたのか……何故わざわざこんな所を選んだのか不思議だ。
しかし……あれから、もう一年も経ったのか。毎晩昨日のことのように思い出して自分を戒めていたから、そんなに経った気がしないが。一年前の出来事で火陽家が関わっている事とすれば……
「……母上と青帆のことですか? あれは、姫君が仕掛けたのでは……ないのですか?」
わざわざ呼び出してまで話す事が有るとすれば……もしかすると希望があるかもしれない? 雫に目配せをすると、先刻とは真逆の緊張した面持ちで頷き返された。
火陽の姫君が眉間に皺を刻み、私の思っていることを肯定するかのように、うんうんと頷く。
「まあ……そう思うのが自然じゃが、それが目的じゃったのかもしれんのう……しかし、お主の母君を死に追いやったのは、私ではない」
いくつかの疑問が湧いてきたが、何故、誰が母上を殺したのかを言うことを躊躇っているのかが、最大の疑問だった。他の人に聞かれるとまずい情報なんだろうか。
一年前……あの頃の自分のことは、鮮明に覚えている。どのように日々を過ごし、自分がどのような扱いを受け、誰に何を思っていて、何を食べて、いつ眠りに就いたのかに至るまでもを完全に把握している。
あの一年間のことは、何があっても忘れはしないだろう。手元に戻ることのない処まで落としてしまったもの……自分のせいで――が死んでしまった……あの一年のことは――