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流るる水に終焉を告ぐ  作者: 久成あずれは
本編:過去
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13、間違いの頑張り

 意外と力強くツタが絡まるものだから、筋肉の少ない自分の体は、勢いよく上空に持ち上げられた。土像自体の動きは鈍いが、土像から生えているツタは、素早い動きをするようだ。


 足を上にした宙ぶらりん状態は、中々苦しい。しかも良く良く見てみると、地面から、かなり離れているではないか。草原の殆どが見えている。

 その中に、父上を見つけた。土像に触れているが、土像が崩れる気配は無いようだ。水分を奪っているのか、温めているのか……遠くからでは見えないが、父上が触れても倒せない相手となると、敗北の可能性が高くなる。


 雨水家(うすいけ)の人を見つけた。一人しか居ないが、水園家から出た時は、全員で五人いた筈だ。家長と思われるその人は、自身を中心とした半径一メートルに、雨雲を発生させていた。家長に近付いた土像は、雨に打たれて溶けていた。これだ! と思った瞬間、呼吸が苦しくなる感覚に身をよじらせた。


 首に絡まったツタは、じわじわと締まっている。両腕も、ツタに絡まれて動かせなくなっていた。身動きの取れない状態で首を絞められ、意識が消えかかった。ふと、息苦しく無くなり、不思議に思っていると、身体が空気を切る音が聞こえた。急降下していると気がついた時には、地面に強く叩きつけられていた。


 気を失い、意識が戻ると同時に身体が地面に叩きつけられ、再び意識を失う。それが何度も繰り返された。頭は、激しく打たれて血が(にじ)んだ。しかし身体はツタで保護されており、背骨が痛む以外の傷は、負っていないようだった。土像の目的が不明だが、このループを抜け出したい……そろそろ吐きそうだ。


 そんなことを思っていたら、ツタが千切れた様で、僕は宙に投げ出された。勢いよく()いでいたブランコから、飛び降りる感覚で宙を舞う。


流水(ながみ)っ!」


 兄上だろうか? 誰かが僕の名前を呼んだ気がする。抱き留められたような感覚に、安心感を覚えたのも束の間。再び投げ出された。地面に()いつくばって顔を上げると、兄上が膝を着いて苦しんでいた。良く見ると、右肩と右腿(みぎもも)から出血している。近くには、切り落とされたツタが落ちていた。


 殺傷能力の低かった先程の自分を捕らえていたツタとは、何かが違う。先の方に金属が付いているのだ。長さは、三十センチ近くあり、鋭く尖っているその金属には、血が付いていた。


「兄上? ……兄上……血がっ……」


「大丈夫だよ、流水(ながみ)……これくらい……の、傷なら……それより、逃げて……雨水家(うすいけ)の四人が死んだ。意味が分かるかい? あの量で、この殺傷能力……僕達の負けは、確定した。しかも……敵は土像、水との相性が、とてつもなく悪いんだ。雨で溶かしても、水圧で切っても、形が変わるだけで……ダメージにも成りやしない……このままじゃ、全滅するまで戦う事になる。父上と父上の従者が健在な内に逃げるんだ! ……雫を呼ぶから一緒に逃げ……先に帰って待っててね……じゃあ……」


「兄上っ! 嫌です、嫌ですよ? 僕だけなんて……兄上も一緒に、行きましょ――……」


 覚束ない足取りで立ち上がる兄上の腕を掴み、引き留めようとする僕の元に、雫が到着した。


「上様っ、お待たせしました……」


「じゃあ、お願いね雫。僕は……もうちょっとしたら、帰るから……ねえ雫、この傷、治してくれないかな?」


 兄上の傷を一瞥(いちべつ)して、顔を(しか)めた雫は、その傷を治そうとはせずに、僕を兄上から引きずり剥がした。ふっ、と笑って雫に僕を引き渡す兄上の手は、震えていた。


「…………――行きますよ。流水様」


「いや、やだ兄上もっ……!」


 バタバタと、両腕両脚を動かして暴れる僕の視界に、父上が映り込んだ。その父上は、何かを叫んでいる。大きく手を振って、上を指してー見上げた自分の頭上には、兄上の切り落とした金属付きのツタが降ってきていたのだった。


「流水! 雫、上っ!」


 雫が反応するよりも早く、兄上が能力を発射した。金属に当たって広がった水玉は、数メートル先に居た兄上の方へ流れた。その流れに乗った金属は、兄上の右掌(みぎてのひら)に突き刺さった。

 次の瞬間、雨が降ってきた。雨水家の能力によるものだろうか。次々に土像が溶けて、崩れていく。その隙に父上が、此方に走って来た。


「凪沙、流水、連れて来て悪かった。未だ間に合う、二人だけでも帰るんだ」


「父上、流水を連れて来た僕に責任が有ります! 僕は残ります!」


「馬鹿言うな。許可を出したのは私だ、巻き込む訳には行かない、走れ」


 父上の覇気に尻込んだ兄上を、雫が肩を貸して立ち上がらせた。兄上の手に刺さった金属棒が、微かに動くのを見た僕は、兄上に伝える。


「兄上それ、まだ動いてます……!」


「へ? ……ぐっ……あ……」


 痛みに唸る兄上の右掌(みぎてのひら)を、突き抜ける勢いで動き始めた金属に、父上が注意する。


「凪沙、引っこ抜いて敵の方に投げろ」


「……む、うぐっ……無理……で、す」


「時間が無い、貸せ」


 手を区切りに、上下に突き出ている金属棒を、父上が鷲掴みにして引き抜き、溶けた土像に投げた。


「兄上!」「上様!」


 大量の血が、金属の抜けた後から溢れ出した。こんな傷を負った時でも苦痛に耐えて、叫んだりしない兄上は、本当に立派だと思う。雫が兄上の手に水の玉を被せ、蕾花能力(らいかのうりょく)で傷口を癒し始める。顔色の悪くなった兄上を雫が支え、父上に謝意を述べた。


「……申し訳ありません! 上様の従者である(わたくし)の仕事だというのに、何も施さず、水様のお手を煩わせてしまい、申し訳ありません……それと、ありがとうございました、あのまま刺さりっぱなしにしていたら……上様が死んでました……」


「お前も見たのか……雨水家の四人がどうやって……」


「はい……あんなのには、勝てっこ有りません。今の内に流水様も連れて、帰らせて頂きます……」


「……頼む。行くぞ、水雫(みしず)……」


 顔を曇らせて話す雫と父上は、速決に今後の行動を決めたようだった。父上の従者である雫の父上……水雫は、いつもと変わらない表情で、他人事のように雫へ淡々と告げた。


「はい、水様。な……こほん、雫、後は頼む」


「……はい……頑張りっ……ます」


 俯いて声を震わせる雫。父上と、もう会えないかもしれないなら、そうなるのは不思議では無い。彼の弱った所を見るのは、始めてだった。雫に引っ張られて言う事も言えず、父上と別れ、兄上を雫と支えながら、ゆっくりと歩き出す。


雫の蕾花能力で、兄上の傷が塞がって来た。水の玉の中に気泡が生じて、その気泡は水玉の外へプワプワと出て行っている。内臓は傷ついていないはずなので、命に別状は無いだろう。顔色が悪いのが気になるが、()ずは安全な自領に帰る事が先決だ。


 最後に父上の姿を目に焼き付けようと振り返ったら、雨で溶かされた筈の土像が、集まって巨大化していた。息を飲むような光景に立ち向かって行く父上と、従者水雫(みしず)の背中は、逞しくも切なさを憶えた。


「父上……」


 思わず呟いてしまった一言に、雫と兄上が反応した。


「流水、どうし――……」


 振り向いてしまった二人は、どうすることも出来ずに立ち尽くした。父上達は、死ぬ気なのか? あんな化け物に挑んで行くなんて、自殺行為じゃないか。

 そんなことを思っている僕の手を、兄上が、ゆっくりと、惜しむように(ほど)いた。兄上が彼方(あちら)に行ってしまう……! と思い、必死で兄上に(すが)り付く。


「行かないで下さい兄上! きっと大丈夫ですから! あの二人なら大丈夫ですよ! ……責任なんて、有りませんから……兄上は、何も悪くないです! 行かないで、行かないで下さい!」


「流水、ごめん、ごめんね……今此処で逃げたら、一生後悔する……! だから――」


「嫌です嫌ですっ! 兄上は、兄上()()()行かないで! 置いて行かないでよ!」


 駄々をこねる子供を、あやすような口調で、兄上が告げる。


「いいかい流水、水園家(みずぞのけ)を継げるのは、流水しかいない。何があっても家領まで帰るんだ。そして家長になって、水園家をまとめるんだ。トップが一度に大勢死んだんだ、混乱を収められるのは、血縁の流水しかいない」


 その言葉の内に、曲がる事のない意志と切望を感じ取っても尚、失いたくない! 一心で、必死に説得しようとする。


「だったら、兄上が()()()()()()じゃないですか! 勉強も、蕾花能力も、兄上の方が上じゃないですか! 僕は、役立たずなんです……僕が生き残っても、何の役にも立ちません! 生き残る資格なんて無いんです! この先、生きていたって、僕が役に立つ事なんてないんですよ! 周りに不幸を振り撒くだけで、邪魔者の役立たずになるに決まっているんです! ……それなら、今ちょとでも役に立って死んだ方が良いに決まってる!」


 衝撃を受けたような表情で固まった兄上は、一旦目を閉じて、深呼吸をした。それから僕の肩に手を置いて、言い聞かせるように、手に力を込めた。


「――……いいかい? 君が残っても、僕が逃げる時間は父上一人では稼げない。父上が逃げる時も同じだ。僕と流水だけでは、敵を食い止めるどころか、時間稼ぎにも成りやしない……だから、流水だけでも帰って待ってて」


「そんなっ……嫌ですっ! また、また手の届くところで大切な人を失うのは嫌です! 嫌なんです! 兄上、お願いだから! 兄上が()()()下さい!」


 僕を突き離して、走り出そうとした兄上の腰へ、死に物狂(ものぐるい)いで飛びついて(わめ)く。自分のキンキン声が、傷を負った頭に響いて気持ち悪くなる。激しく動いたせいで、傷が広がったのだろう。味わったことの無い頭痛が、視界を赤や黒に染めた。


 それでも……此処で諦めたら、兄上までもを失ってしまう。逃げたくない……諦めたくない……逃げない! 諦めない! 何としてでも兄上を死なせない!


 騒ぎ立て始めた僕達に気をとられた父上が、こちらを確認しようと土像から視線を外した。その隙に、土像が金属付きのツタを飛ばす。ツタに気がついた父上の従者が、父上を突き飛ばした。ツタは、水雫(みしず)に突き刺さった。父上は、生じたその隙に、迷わず僕達の方へ向かって来て、叫ぶ。


「流水! 凪沙! 早く行け!」


 水雫が、次々に飛んでくるツタを身体で受け止めていく。一瞬振り向き、水雫さんの姿を確認した父上は、再び叫ぶと、兄上と僕を雫に押し付ける。


「今の内に!」


「父上! やっぱり僕も残ります! 逃げたくないです!」


「そんな身体では役に立たない! 帰るんだ!」


 兄上は、自分も残ると主張するが、父上に拒絶された。それでも折れずに主張を続ける兄上だったが、


「嫌です! 父上一人ではっ……あ、がぁっ……」


 突然うずくまり、血を吐き始めた。脇腹に、土の塊が突き刺さっていた。地面から生えている土の(くい)が、兄上の腹を貫いていたのだ。敵の姿は見えないが、何処かで蕾花能力を使い、攻撃をしているのだろう。


「あ、ゔ……な、ゴフッ……! 、がみっ……は、やくっ、ゲホッ! ……行くんだ……攻撃がっ、ここ、まで……届いて……」


 懸命に言葉を(つむ)ぎ出している兄上の口は、ボタボタと血を流しながら、僕の逃走を催促(さいそく)してくる。痛みに()えるあまり、前傾(ぜんけい)して行く体勢は、止めどなく血が溢れている腹部に、杭を埋め込んでしまっている。血に染まった兄上は、見ていられない程に苦痛そうだった。


「兄上……! もう喋らないで下さい、僕が戦いますから!」


 これ以上傷口が大きくなるのを防ごうと、兄上を支える僕に、突然父上が謝った。


「……すまないな」


 そう言って父上は、僕の足を刺した。かなり深めに入った父上のナイフが、するりと傷口から抜けて行き、痺れるような痛みが、刺された左(もも)にジワリと広がった。


「う! ぐっ……! ……いっ……ゔぐっ……」


 叫び声を呑み殺した僕を、父上は丁寧に持ち上げて、雫に押し付けた。


「雫、流水のことを頼む」


「……了解しました」


 立ち尽くしていた雫は、父上から渡された僕に、精気(せいき)の抜けような、濁った真っ黒の瞳を向けた。その瞳は、冷酷に僕を射抜いている。まるで……「お前を許さない」と言っているように見えた。しかし、兄上の咳込む声がした途端、正気に戻ったのか、慌てて走り出したのだった。

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