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流るる水に終焉を告ぐ  作者: 久成あずれは
本編:現在
12/38

11、もう一度

 あの頃……一年前の自分を思い出し、消えない自己嫌悪を抱えた。あの時、自分がもっと勉強をしていれば、母上は今も生きていたかもしれない。もっと自分が努力していれば、誰かを護れたかもしれない。自分が、我儘を言っていなければ……二人だって――……


「聴いておるのか? 水園家の当主よ、お主の母君を殺したのは、金城家(かねしろけ)の現当主じゃ……それと、伝えなければならないことがあっての……その……青帆(はるほ)は、生きている」


「……ほ、本当でございますか! 姉さんが……良かった、あの! 今何処に居ますか? 姉さ……青帆は、」


「すまんの、そのことなんじゃが……彼女は、記憶を失っておる。恐らく、主人の死際をみて、尚且(なおか)つ、側に居ながら助けることが出来なかった罪悪感から、己の記憶を消して、正気を保とうとしたんじゃろう……主人に関する記憶を一切憶えていないのじゃよ……」


 口籠(くちご)もりながら、青帆の現状を説明してくれた火陽の姫君。私より先に食いついていた雫は、落胆の表情で固まっていた。青帆は、母上と小さな頃からの仲で、お互いに信頼し合っていたと、あのプリントにも、そう書いてあった。だから青帆が、主人に関する記憶を消すなんて、衝撃的だ。

 それ程までに、母上の死が辛かったのだろう。受け止め切れず、記憶を消して……そうすれば、()()()()。私だって、出来ることならそうしてしまいたい。忘れたい、忘れて罪の意識から解放されたい……けど、そんなの卑怯だ。また逃げるのかと、もう一度台無しにして、周りを巻き込むのかと、逃げることを許さない()がいる。事実を受け止め、前に進む……それが今の()に出来ること。


「分かりました……情報提供感謝致します姫君。それで、青帆は生きているのですよね? 何処に居るのですか? 現地に呼び出したのは、それと何か関係があるのでしょう?」


「察しがいいのう……その通りじゃ。今は、暖かい火、暖火(はるほ)という名前で、(わっち)の従者を焔心(えんしん)と共にやっておる。今、戦っている女の方が暖火じゃ」


「は……い? ……そうでしたか、で――……ちょ、雫?」


 返事をしている途中で、雫が火陽家(ひようけ)側に走って行ってしまった。暖火(はるほ)を目指して走って行く雫を、止めることが出来ず、唖然とした。あの時は、そんなになる程心配していなかったというのに、他のものを失ってから、残ってるか分からない不確かなものを、取り戻したい気持ちが大きくなったのだろう。


 不自然に、金城家のミミズが雫を避けている。暖火の目の前まで、一通りのミミズが居なくなったところを、雫が爆走して行った。


 ミミズを捕食して、大きく……うわ何あれキモっ……遠く離れた所からでも目視出来る程に巨大化したミミズクは、何故あのような姿になったのか解らないが、ミミズクの頭を乗せたマッチョ姿になっていた。淡雪(あわゆき)のキモ雪達磨を真似たのだろうか……そんなキモミミズクと戦っていた暖火と焔心(えんしん)に、雫が近づいていく。

 自分の居る位置からでは見えにくかったので、火陽の姫君に、暖火と雫を映してもらうように頼んだ。すんなりと承諾(しょうだく)してくれた姫君に感謝して、暖火と雫を見守る。


 暖火(はるほ)は、蒸し栗色(むしぐりいろ)の瞳に、白茶色(しらちゃいろ)の髪をしていた。水園家にいた頃の青系とは、対照的な髪色と瞳に驚いた。前髪は、センター分け掻き上げで、後ろ髪のポニーテールは、変わっていなかった。髪飾りには、陽家を象徴する火玉を着けており、変わっていない吊り目は、新しい光を宿していた。


 そんな見た目の暖火は、雫に気付いていない様で、キモミミズクを間に挟んだまま、攻撃を続けている。暖火が、とどめを刺そうと、槍を力一杯振りかざし、キモミミズクの胸を貫いた。その槍は、雫の頭上を掠めていく。

 ピッタリな角度から見ていたら、暖火が雫の頭を切り裂いたように見えるだろうなぁ。なんて考えているうちに、キモミミズクは金と銀の粉になって消えた。キモミミズクの背後から現れた雫に、暖火(はるほ)が驚愕の表情を浮かべ、近くに居た焔心(えんしん)に確認している。


「えっと……これがアレの、正体……なの?」


「ぶっ、はははっ! 違うだろっ! 髪色を見れば分かるじゃん? 水園の奴だよ!」


 焔心に大爆笑された暖火は、恐ろしいものでもみたかのような、引き()った表情で雫に問いかけた。


「み、水園家の人が、わ、たしに、何か用事でも……?」


「姉さんっ! 僕だよ! ……えと、僕のことも憶えてない? 雫だよ、青雫家の! ほ、ほら!」


 ピンと来ていない様子の暖火に、雫が髪の毛をいじって、青帆が最後に見た状態の雫に寄せた。暖火は、思い出そうとしたのか、頭を押さえている。眉を寄せ、歯を食いしばった苦しそうな表情で、声を絞り出した。


「ご、ごめんなさいっ……思い、出せないわ……」


 雫は、哀しそうな表情を浮かべていたが、口元は笑っていた。今にも泣き出しそうな表情のまま、暖火(はるほ)に詰め寄った雫は、勢いよく話し始めた。


「本当に憶えてないの? 姉さんは、水園家の臣下青雫家の、長女青帆(はるほ)なんだよ! 僕は姉さんの弟の、青雫――」


「やめてっ! ……もういいから……思い出したくないのっ……知ってるわ! わかってるのよ……でもっ、ごめんね……凪津……」


 激しい独り言の末に、暖火はパタリと倒れた。雫が、倒れた暖火に近寄ろうとすると、焔心(えんしん)が叫んだ。


「近寄るな! ……触れてはいけないっ!」


 焔心の動揺っぷりに、こちらが驚かされた。何に、そんなに焦ったのか知れないが、慌てて暖火を雫から離していく。

 雫は驚いたようで、暖火を支えようと出した手を宙に浮かべたまま、固まっていた。やがて、暖火と会話が出来なくなったのだと、理解した雫は、力無く項垂れて戻って来た。


 気がつくと、金城家のミミズとミミズクは、跡形もなく消えていた。金城家の金と銀の頭二人も見当たらない。結局何をしに来たのか分からないままだったが、正しい復讐相手がハッキリしたというのに、当人達が帰ってしまったなんて勿体なかったな、と復讐心を燃やす。


 雫と共に帰ってきた深雪と淡雪は、ミミズ退治が楽しかったのか笑顔だった。落ち込んでいて暗い表情の雫と対照的な表情の深雪達に、雫を気にかけてと、ジェスチャーを送る。ジェスチャーに気が付いた二人は、緩めていた表情を引き締めた。


 炎には、再び火陽の姫君が映し出された。姫君の後ろで、焔心が何か言った。それに対してなのかは判らないが、姫君は首を横に振り、申し訳なさそうな声色(こわいろ)で、謝罪を述べ始めた。


「本当にすまんの……暖火(はるほ)は、金城家に襲撃された時、体内に金城家現当主の蕾花能力(らいかのうりょく)で出来た金属を含んでしまった故、火陽家(うち)の炎で溶かし続けなければ、死んでしまうのじゃよ……水園家の者が暖火に触れると、炎が消えてしまう故……失礼をしたな、すまなかったのじゃ……」


「いえ、姫君の話を最後まで聞かずに、行動してしまった私の従者が悪いので、全ては私の監督不足です……ご迷惑をおかけしました。それで、本題はこれだったのですか?」


「いや、これではないのじゃ。今回呼び出させてもらったのは、暖火のこともあったよて、契約を結びたかった故に」


 好き好んで結びたいとは思わない契約の話が出た。結ぶ契約内容にもよるが、水園家の家族を護るために必要なら、命をかけなければいけない。ある程度の覚悟を決めて、内容を聞く事にする。


「契約……どのような?」


「花家戦争は、激化せずに済んだじゃろう、しかし近頃、緑木家が怪しい動きをしておっての……お主らのことは、ある程度信頼している……暖火のこともある……そこで、お互いの保身のために、(わっち)と契約を結ばんか?」


「なるほど……それを結べば、他の五大家から護ってくれるのですね? それと、確実に暖火(はるほ)を生かしてくれるってことですね?」


「もちろん。じゃが、底辺の家が束になったところで、上の奴らに勝てる見込みはないのじゃ、それでも、共倒れはしないとおもうて……分かりやすく言えば保険じゃ、保険……まあ、お主の母君を救わず、青帆(はるほ)だけ助けたような奴に、命を預けたいとは思えないか……しかし、お互いのどちらかの家が倒れた時は、お互いに助け合う。そういうことじゃ、お主の好きなように選べばよい」


 暖火のことを抜いても魅力的なお誘いだ。しかし、契約の話を持ち出してまで、水園家(うち)にこだわる必要性が感じられない。階級最下位の水園家(うち)より、階級の差が少ない金城家と契約を結んだ方が、メリットが大きいはず。

 そもそも、火陽の姫君が私達に教えた情報が正しいという証拠もない。火陽の姫君は、きっと良い人だ。暖火と雫を会わせてくれたり、私の気持ちを考えてくれたり……保険か……あったほうが良いかもしれないな……でも……これ以上、大切な人を増やしたくない、巻き込むのは……嫌だ。


「では、遠慮しておきますね」


「水様っ? 姉さ……暖火は、どうなるんですか!」


 淡雪に、髪型を戻されていた雫が、(かげ)っていた表情を豹変(ひょうへん)させて、慌てて(たず)ねてきた。


「安心しろ雫。火陽の姫君は、青帆(はるほ)に利用価値を見出した。だから母上より先に青帆を助けたんだ。この契約を断っても、なんの問題も無い」


 断られるとは思ってなかったのか、目を丸くした姫君。


「ふっ……そのとおりじゃ。よく解っておる……では、暖火のことは(わっち)に任せておけ、悪いようにはしないからのう。話は以上じゃ……お互い生き残れることを祈っておるぞ……では」


 炎は、大きく揺らいで消えた。火陽の姫君が、見た目相応に、ジャンプをしながら大きく手を振っていたので、此方も同じように手を振り返した。火陽の姫君を見送り、水園家(うち)に帰ることにする。しょぼくれて居る雫を皆んなで励ましながら、湖の横を通りかかった。

 この湖は、直径二百メートル程ある。大きいのか、小さいのか……微妙なサイズだ。人工的にできたこの湖には、沢山の亡骸が眠って居る。主に豊土家の人で、僕の家族も、この湖の底に居る。湖で足を止めた私は、揺れる水面に映った自分を眺め――


 去年の秋、僕は、この場所で死にたかったのを思い出した。

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