第五話 24時間365日
訓練開始二日目。
昨日の訓練内容が衝撃的過ぎて、昨夜はむちゃくちゃ早い時間に眠ってしまってた。
朝早くに目覚めてしまったオレは、まずは昨日習った体軸作りから始めることにした。
部屋にある椅子に座って脱力し、ダランと上半身を前傾させ、ゆっくりと立ち上がる。
これだけで体の軸がしっかりするのだから本当に不思議だ。
それに、昨日の訓練内容も不思議だった。
牢獄で拷問を受けた時は絶望しか無かったけど、キルケーたちが見ている前で訓練として拷問みたいなことを喰らってもギリギリ耐え凌げるのだから。
まぁ、それでも、あの内容を笑ってクリアできるようになれる自信はまだ無い……。
何だかよく分からないけど、不思議なことだらけの訓練初日だった。
バッチリ目覚めてしまったので、例によって朝食の時間まで城内をウロウロする。
外を見ると、今日も雲ひとつない晴天だ。
朝から青空を眺めると気分も爽快になる。
「あ、おはよう。今日もいい天気だね」
フウカとライカが廊下の向こうから現れた。
「おはよう御座います……」
「おはよう御座います……」
朝から毒舌を喰らうかもしれないと多少身構えていたのだが、いつもの態度とは異なりお辞儀をしながら丁寧な挨拶をしてきた……。
「…………」
「…………」
少し話でもしようかと思っていたのだが……。
ほんのちょっとだけ間をとったかと思ったら、二人はそそくさと立ち去ってしまった。
「えぇぇ…………」
丁寧と言えば聞こえは良いが、ものすごく他人行儀というか、オレを普通のお客様扱いしているというか……。
(どういうことだ?)
いつもの毒舌キャラとは違う対応に驚きつつ、廊下にポツンと取り残されてしまう。
「「いただきます!」」
「いただきまーす」
城内を散歩しながらのんびりと時間を潰した後、いつも通りの朝食の時間になった。
今日の訓練に備えてしっかりと食べておかないといけない……のだが……。
「マサヤ、なんですか? 今の『いただきます』は……」
「『いただきます』が全然なっていませんね……」
フウカとライカが隣から呆れた口調で何か言ってきた。
「ふぁ? え、何が?」
「今の『いただきます』には感謝の気持ちがこもっていなかったわ」
「『いただきます』は感謝の気持ちを込めないと意味がないのですよ。知ってます?」
何を言い出したのかと思ったら、オレの『いただきます』へのダメ出しだった……。
「いや……。もともとはオレが『いただきます』をキルケーに教えたんだけど……?」
なぜオレが『いただきます』のダメ出しをされなきゃならないんだ?
「感謝の気持ちが全く感じられなかったと言っているのです。朝食を作った私たち二人とキルケー様への感謝の気持ちを込めていましたか?」
「上っ面の言葉だけでは『いただきます』の意味がありません。残念ですけど『上辺だけの英雄』ですね」
「は、はぁ。気をつけます……」
(何なの? こいつら……)
『いただきます』にダメ出し喰らうことにビックリだが、それよりもさっきの廊下での態度と全然違うことにもビックリだ。
こいつら、本当に何なんだろう……。
「マサヤ。今、油断をしていただろう? その僅かな油断を二人に指摘されたんだ」
正面に座るパーソロンが嬉しそうな顔でオレの油断(?)を指摘してきた。
「昨日から訓練は始まっているだろ? 訓練は24時間365日続くと思えよ」
「へ……?」
24時間ってどういうことだろう……、ずっと気を抜くなよってことなのか?
「戦いは戦場でのみ行われるわけじゃない。今、この瞬間に敵がドアから侵入してくるかもしれないのだ。気を抜くなとはそう言うことだ」
ポカンと口を開けていたら、横からソロモンが会話に割って入ってきた。
「この……瞬間にですか……?」
「そうだ。いつ、どこで、誰に、何人で、どんな方法で襲われるか分からない。戦いというのはそういうものだ」
「は……、はい」
「これからマサヤが備えるのは個人対個人の戦いじゃない。国と国とが争う戦争だ。戦争はいきなり開戦するわけじゃない。何年も前から注意深くゆったりと進行していくものだ」
(戦争……か)
冒険者の延長としての個人的な戦いしか考えていなかった。
ここで王族たちと暮らし英雄として過ごしていくということは、国の兵として戦争の中で戦うということになるのか……。
「国を攻める方法はいくらでもある。剣や魔法で戦うだけじゃない。物流を抑えたり、間者を送り込んで情報を操作したり。国民の不満を煽動するのも立派な攻撃だ」
オレの中での“戦い”のイメージがガタガタと崩れていく……。
「手強い相手ほど“したたか”だ。卑怯なんて言葉はないからな。どんな手段であれ、やられた方の負けだ。敵は想像もつかない方法で攻撃を仕掛けてくるものだ。不意打ちなんて当たり前。相手が油断をした瞬間を狙ってくるのが戦いだ。24時間気を抜くなというのは冗談でも何でもない。基本中の基本だ」
「は……、はい……」
剣と魔法を学べることにちょっとはしゃいでいた自分が恥ずかしい。
平和な世界のスポーツや武道とは異なり、本当の殺し合い前提なんだなと改めて実感する。
それくらい、ソロモンの言葉には重みがあった。
「少し話しただろ? 相手をどう崩すのかが戦術だ。不意打ち上等。寝込みを襲うのも基本。だから、どんな状況にも冷静に対応できるように訓練をするんだ。ただ漠然と剣術と魔法を覚えるだけじゃ誰にも勝てない」
パーソロンも同じように厳しい言葉を投げかけてくる。
厳しいんだけど、彼らにとってはごくごく当たり前のことを言っているだけのようだ……。
「まあ、ここで過ごしている以上、寝込みを襲われることは無いから心配はするな。夜は王城全体に魔法の障壁を張り巡らせているからな。それに優秀な執事とメイドが見回りもしてくれているし」
「え……、そうなの?」
驚いてフウカとライカの方を見たが、『別に……』という表情でオレの方を見返してきただけだった。
「だから、とりあえずは起きている間だけ気を抜かないようにしろ」
「はい」
漠然と憧れていた剣と魔法の世界は、想像以上に厳しいと知った……。
「マサヤ!」
「ん? …………くっ!」
フウカが声を掛けてきたので振り向くと、オレの頬にぐさっと指をねじ込んできた……。
コイツは本当に何考えてるんだ。こんな大事な話をしているタイミングで、こんな初歩的なイタズラを……。
「はい。今、油断してましたね。気を抜くなと言っている側からこれです」
「『隙だらけの英雄』ですね」
「はははは! しっかり訓練しろよ!」
「…………」
まさかのダメ出しに固まっているオレに対して、ソロモンが楽しそうに助言を投げてくれたのだが……。
この人たちはどこまでが本気でどこまでが遊びなのか判断できない。
「大切なのはいかなる時でも平常心でいる事だ。相手に気持ちを悟らせないことも大切な戦術だな」
次はパーソロンのお言葉だ。
「マサヤの考えていることは手に取るように分かると言っただろ? あれはなマサヤの性格を考慮した上で、『こう言えば、こう動くだろう』『こう言えば、こう考えるだろう』、そうやってマサヤの行動を予測して誘導した結果だ」
「え……、うまいこと操られていたってことですか……?」
「そうだ。もちろんだ。そうすることで、次に相手が何を考えてどんな行動を取ってくるかが手に取るように分かるんだ。それに加えてマサヤは気持ちが全て顔に出るからな。考えてる事が分からない訳が無い、ということだ」
呆然としているオレとは対照的にみんなは笑顔だ。
どんだけ嬉しそうに笑ってるんだよ……。
あぁ、こうしている今もオレは自分の気持ちがダダ漏れしているんだなと自覚する。
「フウカとライカは相手を揺さぶる能力に長けている。思い返してみろ。いつも揺さぶられっぱなしだろ?」
「あぁ……」
そういう事だったのか。
どうにも二人の事がよく分からなかったのは、いいように揺さぶられていたからだ。
「何も気づかないまま、何の自覚も無いままに、二人の術中にハマっているのが今のマサヤだ。その辺りも訓練で鍛えていかないとダメだな」
「はい……」
「頑張りましょう!」
「頑張りましょう!」
無表情のままだけど、明らかに嬉しそうな雰囲気を出しながら二人はオレに向けてサムアップしてきた。
(くっそ……)
何か言い返してやりたかったが言えば反撃を喰らうだけだ。
オレは大人しく朝食を摂ることにした……。そして、二度と二人の術中にハマらないようにすることを誓ったのだった。




