第一話 剣と魔法
「体術や格闘の経験はあるのか?」
「いいえ」
「うーん……」
パーソロンが空を見上げてため息を吐く。
「剣術の経験は?」
「いいえ、無いです」
「うーん……」
今度は腕組みをしたまま俯いてため息を吐く。
「魔法は使えるんだよな?」
「ドラゴン戦ではたまたま使えましたが、まだ何も分かっていないのが実情ですね……」
「「「うーん……」」」
三人が顔を見合わせながらため息を吐く……。
城内の訓練場。
オレのための訓練が始まることとなった。
訓練初日ということでパーソロンとフウカとライカそれにキルケーの四人が集まってくれたんだが、オレの回答を聞いてみんなため息まじりの反応ばかりだ。
今までの経験を聞かれても、すべて『いいえ』と答えるしか無かった。
当たり前だ。
引きこもりの生活をしていたとは言え、オレは前の世界ではごくごく一般的な若者だったはずだ。
格闘技や剣術(剣道)を習っているやつなんかレアな存在でしかないのだから、『いいえ』と答えることは何ら恥ずかしいことじゃない。
でも、何もかも未経験のオレは、この世界では異端児扱いのようだ……。
ジョギングの経験は豊富だが、それを誇らしげに語るわけにもいかなかった。
「まぁ、仕方ない。ゼロから始めようか」
「はい、よろしくお願いします……」
パーソロンが困り果てている様子がよく分かる。
「でも、ドラゴンは倒せたんだよな。四人分の強さのドラゴンを……」
「はい、それは自信を持って言えます!」
今のオレの唯一の実績はドラゴン討伐だ。
四人分の強さのドラゴンをたった一人で倒した。
このことだけが唯一の実績なのだ。
たまたまと言われればそれまでなのだが。
「本当にマサヤが倒したの?」
いつも通り無表情のまま、ライカがさりげなく毒を吐く……。
「お前、ドラゴン討伐の栄誉をリゲルから横取りしたんじゃないだろうな?」
「もう、冗談はやめてください……」
パーソロンがむちゃくちゃなことを言ってくる。
まあ、その気持ちもわからなくは無いのだが。
「『弱すぎる英雄』ですね」
そしてフウカがいつものように止めを刺す。
「大丈夫よ。ちゃんとマサヤが一人で討伐したわ。あの時のマサヤはカッコ良かったんだから!」
キルケーがナイスフォローを入れてくれた。
もう、泣きそうなぐらい嬉しい援護射撃だ。
そして今日もいつもと変わらぬ眩しい笑顔。
キルケーがいなかったら、どん底まで凹んでいたかもしれない……。
「ははは、どうも」
それでも今のオレは照れ笑いを浮かべながらお礼を言うのが精一杯だ。
「先日ソロモンが言ってたように、英雄のことは忘れろ。それからドラゴンを討伐したことも忘れろ。過去の栄光にすがっていたら落ちぶれてしまうぞ」
「はい。分かりました……」
早速、オレの唯一の実績を無かったことにされてしまった……。
「これから教えることを簡単に説明する。まず攻撃の種類だが、大きく分けて三つある。近接攻撃・短距離攻撃・中長距離攻撃。この三つを順番に身に付けてもらう」
「はい」
「近接攻撃は、簡単に言えば素手で殴る蹴ること。短距離攻撃は、主に剣術。中長距離攻撃は、魔法。それら三つを段階を踏んで教えていく」
「はい、分かりました!」
おぉ! 剣と魔法! これぞ異世界!
本格的な訓練が始まると思うとやっぱりワクワクしてしまう。
「で、まず始めに取り組んでもらう事は、体の使い方だ。相手の攻撃を避ける、捌く、そして逃げることを覚えてもらう。そして、それらの動きを身につけるための“体軸”を習得すること。これらが全ての攻撃の基本に通じる。おそらく身に付けるまでに一番時間がかかるだろう。これを身に付けなければ剣術も魔法も始められないからな」
「体軸と防御ですか……」
柔道なら、まず受け身から……といったところか。
地味ながらも基本中の基本をみっちり教えてもらえることは寧ろありがたいと言える。
オレが弱いことに変わりはないのだから、しっかり学んでいくしかない。
「体の使い方と体術・剣術はオレが中心になって教える。魔法はフウカとライカとキルケーの三人に教えて貰え」
「はい。パーソロンは魔法は使えないのですか?」
「ん? 使えるよ。でも得意じゃない。オレは剣術に特化しているからな。剣術も魔法も、得意な者に教えてもらうのが一番だ」
騎士団の団長さんに剣術を教えてもらえるのだから光栄と言わざる得ない。
キルケーは支援魔法に特化している。
フウカとライカは攻撃魔法だろうか。
そう言えば二人の実力はよく分からないな……。
「あとは最後に戦術だな。身に付けた攻撃をどう組み立てていくか。人間誰にでも得手不得手はある。それに対戦相手にだって得手不得手はある。それらを見極めながら相手のペースを崩し、自分のペースを保ちながら戦うのが戦術だ」
「これらの基本を全て身につければ一人前だ。八歳の頃のキルケーに追いついた事になる」
「はっっっ、八歳!?」
「そうだ。王族は子供の頃から訓練しているからな。まあ、そんなに驚くことじゃない」
そう言えばキルケーは八歳から冒険していたと言っていた。
無茶なことしているなと思ったけど、小さい頃からみっちり訓練を受けていたということか……。
「私たちは十二歳頃には身に付けていたわ」
「頑張りなさい、『十七歳の英雄』さん』
「ただ年齢言われてるだけなのに、フウカに言われるとなんかムカつくな……」
「マサヤだったら、多分一年もあれば習得できるよ。一緒に頑張ろう!」
キルケーが笑顔で優しく声をかけてくれる。
彼女の癒しに頼っていれば、過酷な訓練も乗り越えられそうな気がする。
でも、長い長い一年になりそうだ……。
「よし! じゃあ早速始めようか、と言いたいところだが先に武器庫へ行こうか」
「え……? 武器庫ですか?」
「あぁ。マサヤの装備を用意しないといけないし、フウカとライカとキルケーの装備にも関係してくるから全員が揃っている今がちょうどいい機会なんだ」
「「「???」」」
「私たちも……?」
「あぁ、そうだ。まぁ、行けば分かるさ」
三人は帯剣をしていない。
それでも武器庫に用事があると言われて不思議そうな顔をしていた。
オレも訓練のやる気を出したところだったので、肩透かしを食らってしまった気分だ。
言われるままにパーソロンの後を追い、オレたちは武器庫へ移動した。




