第十一話 国王
二階席から飛び降りた国王は重力に任せて落下するわけではなく、雲の上に浮いているかのようにゆっくりと静かに降下していく。
そして、音を立てる事なく地面に着地した。
国王の名はソロモン。
革製の黒い鎧に包まれたその姿は、長身であることも相まって一見すると細く見える。
短く刈り上げられた黒い髪、鋭い目、露出している腕や脚の筋肉はしなやかさを窺わせる。
国王という座にいながらも、ソロモンは現役の兵士よりもはるかに迫力がある容貌だった。
国王が静かに降り立っただけで、広場にはピンと張り詰めた空気に包まれた。
群衆に対して牽制していたフウカとライカがマサヤの元へ駆け寄り、小さく声をかける。
「国王様のお言葉です。私たちが支えますのでお立ちください」
それぞれの肩に腕を回し、マサヤを支えながらゆっくりと立たせた。
マサヤが立ち上がったことを確認したのち、ソロモンが語り始める。
「賢者キルケーよ、先ほどの言葉に相違は無いか?」
キルケーはソロモンを見据えたままコクリと頷く。
キルケーの返事を確認したのちソロモンはマサヤの方へ歩みより、深々と頭を下げた。
「マサヤを罪人とした誤りを謝罪する」
群衆がざわつく。
国王が国民の目の前で頭を下げるなど、あってはならない事だ。
正式な謝罪をするにしても、口頭で謝意を伝えるだけで十分なのである。
深々と頭を下げる国王の姿を見て、群衆は言葉を失った。
頭を上げたソロモンは、群衆へ向けて高らかと宣言した。
「賢者キルケーの言葉通り、マサヤを我が国の英雄と認定する!」
「「おぉ!!!」」
国王の宣言で群衆は一気に湧き上がった。
「国の英雄なんてここ100年現れていなかったんじゃないか?」
「もしこの宣言が認められるのなら、我が国三人目の英雄が誕生することになるぞ」
“英雄“の誕生は国民にとって胸が高鳴るほど大きな事件と言っていい。
賢者であるキルケーが英雄認定した時はあまりに突然の出来事で面食らっていた群衆も、国王直々の宣言により素直に受け入れ喜びを爆発させた。
「もう一つ、認定することがある」
ざわめく群衆を沈めるようにソロモンが口を開いた。
「賢者キルケーを我が国の第一王女であることをここに宣言する!」
「なっ!キルケーが王女だと……?」
リゲルが思わず口走る。
「そんな……」
セリーナもまさかの事実に驚きを隠せない。
ロベルトは渋い表情のままキルケーを見つめている。
三人にとっては“まさか“の出来事だった。
(キルケーが王女であることを知っていたということか……)
リゲルはキルケーが暗殺対象であった理由をようやく理解することができた。
リゲルは後方で待機している二人の執事に気付かれぬようにしながらロベルトとセリーナに目配せをした。
キルケーの王女宣言はまさかの展開ではあったものの、式典中に行動を起こす覚悟はしていた。
リゲルは自分が“勇者“であることが圧倒的に有利な立場であると考えていた。
自分の立場と比較すれば、異世界から召喚されたばかりの何処の馬の骨とも分からぬ者の話など誰も信じることはないと踏んでいた。
だが、キルケーが王女であるとするのなら、完全に立場がひっくり返る。
マサヤも国の英雄であると国王が認めた。
王女と国の英雄に比べれば、一介の冒険者であるリゲルの話など誰も信じないだろう。
もう、腹を括って覚悟を決めるしかなかった。
「テレポート!」
リゲルは全ての任務を放棄してこの場から逃げる選択した。しかし……
「……!?」
「現在、国内の魔法陣はすべて使用できなくなっております。また、“その椅子“に座っている者は魔法を使う事ができません」
長身の執事が穏やかな口調で説明してきたことにリゲルとセリーナは驚いた。
後方に待機していたはずの初老の執事二名は、いつの間にか三人の横に移動していた。
三人席の右側。ロベルトの側には背が低く猫背で頭がハゲ上がった執事が待機していた。
「くそっ!…………うがっ」
ロベルトは立ち上がりざま執事に攻撃をしようとしたのだが、何をされたのか分からないうちに気絶させられた。
執事が左手をかざしたと同時に激しい衝撃を受け、屈強な肉体を持ち合わせているロベルトはいともあっさりと意識を失った。
横で見ていたリゲルは、今の攻撃が物理攻撃だったのか魔法攻撃だったのかも分からなかった。
「お前らっ……」
「黙れ! 陛下の御前である。口を慎め」
リゲルの言葉を、左側にいた長身の執事が嗜める。
「くそっ……」
リゲルたちはこの段階になってようやく気付いた。
自分達は式典が始まる前から完全に包囲されていたという事に。
そして、すでに争う手段が無いことに絶望するしか無かった……。




