第八話 賢者の目覚め
マサヤが投獄されて九日目。
キルケーが意識を失って九日目の朝。
「キルケー様!」
「キルケー様!」
静かに目を開けたキルケーを見て、二人の少女は声をかけた。
隠し通路の入り口で倒れているところを発見されて以来ずっと意識を失っていたキルケーは、九日目の朝にようやく目を覚ますことができた。
片時も離れることなく見守り続けてきた二人の少女は大粒の涙を流しキルケーに抱きついた。
「…………」
二人からの抱擁に戸惑いつつも、キルケーは記憶を探る。
ドラゴン討伐、勇者たちに殺されかけて、マサヤとダンジョンを抜け出し、王都へ帰還して……。
「……!?」
その後、秘密の通路の入り口で意識を失い、長い眠りについていたであろう事を悟った。
「フウカ、ライカ、ありがとう。心配かけました」
キルケーは二人に感謝の言葉を伝えながら、頭を優しく撫でであげた。
「あれっ!?」
キルケーは自分の髪の色が変化していることに気づき、驚く。
今までは濃い深みのある瑠璃色だった髪が、今は淡く鮮やかな露草色に変化している。
露草色に変化した長い髪は澄み切った青空を連想させ、見る者の心を奪うほどに美しい。
「…………!!」
胸元にかかる自分の髪を触りながら、キルケーは全てを悟り決意を固めた。
「髪の色が変化したのは、二日前です」
淡い黄金色の髪をしたライカが、キルケーの髪の色の変化について説明した。
「外傷は見られませんが……、大丈夫ですか?」
淡い白金色の髪をしたフウカは、キルケーの“心の傷“について心配している。
二人は双子の姉妹だ。
スラリとした長身に、キルケーと同じく腰まで届くほどの長い髪を束ね、お揃いのメイド服に身を包んでいる。
二人とも、顔にはまだ幼さが残っている。
キルケーが目を覚ましたとしても、まだ安心はできない。
髪の色が変化して無事に目が覚めたとしても、心に傷を負ったままだと完全に回復したとは言えないからだ。
フウカの問いに応えるように、キルケーはドラゴン討伐中の出来事をもう一度思い返した。
召喚魔法を使ってマサヤをこの世界に呼び寄せたこと、瓦礫の直撃を受けて大怪我を負ったこと、セリーナからの攻撃魔法を受けて絶体絶命の危機に陥ったこと。
心の傷を刺激するような出来事を思い返してみたが、体に異常はみられなかった。
もしも心の傷を抱えたままだとしたら、心拍数が上がったり発汗したりするはずだ。
平常心でいられるということは、心も体も完全に回復したことを意味する。
「うん。大丈夫みたい!」
胸に手をあてて鼓動を確認した。
自分が無事だったことにホッとしつつ、心配をかけた二人に明るく微笑みかける。
「キルケー様が召喚した異世界人は、すでに罪人として拘束されており拷問を受けております」
ライカがマサヤについて簡単な説明をした。
「えっ? ……罪人?」
「はい。キルケー様を殺害しようとした罪、勇者パーティを殺害しようとした罪、ドラゴン討伐の名誉を奪おうとした罪により特級犯罪者に認定されています」
続けてフウカがマサヤの犯した罪について説明をする。
「ドラゴン討伐式典にて公開処刑を予定されています。罪人は既に昨日から広場に移動されており、式典はいつでも始められる状態です」
最後にライカが、式典の準備は整っており、いつでも始められる状況であることを伝えた。
「先ほど別の者がキルケー様が目覚めたことを国王様に報告に行きましたので、既に式典開催のために動き始めているはずです」
「……!!」
キルケーの目に力が宿る。
立て続けに説明された内容にはじめは戸惑ったものの、全てリゲルたちの策略であると悟った。
ただ、彼らの行動が腹立たしいと思うよりも、自分が意識を失っている間にマサヤが殺されていなかった幸運を素直に喜んだ。
「団長を呼んでください」
キルケーは部屋の外で待機している騎士団の団長を部屋に招くよう伝える。
「ほぉっ!」
入室した団長はキルケーの髪の色が変化していることに気づき、声を上げた。
フウカとライカ、そして騎士団の団長であるパーソロンの三人が揃ったところでキルケーは口を開いた。
「ダンジョンで起こった真実を手短に話します。三人とも落ち着いて聞いてください」
キルケーは大きく深呼吸をして、ダンジョン内で起こったことを話し始める。
「まず、ドラゴンを討伐したのは召喚者であるマサヤです。そして、マサヤは私の命の恩人でもあります。私の命を二度も救っていただきました。もしマサヤがいなければ、私たちはドラゴンとの戦闘において間違いなく全滅していました」
「「えっ……」」
予期せぬ発言に、三人は大きく目を見開いた。
それからキルケーはドラゴン討伐中に起こった出来事を順を追って説明した。
ドラゴン戦が始まってすぐ、勇者たちはキルケーに対して殺意を向けてきたこと。
ドラゴンと戦いつつ、勇者たちからも命を狙われ続ける八方塞がりな状況だったこと。
生き残る方法が見付からないと悟り、ドラゴン討伐中にもかかわらずマサヤを異世界から召喚したこと。
ドラゴン討伐中に、勇者たちからの攻撃を受け瀕死の重傷を負ったこと。
マサヤが咄嗟に回復魔法を使ってくれたおかげで、なんとか命を落とさずに済んだこと。
キルケーを含めて四人が戦闘不能の状態で、マサヤがたった一人でドラゴンを討伐してくれたこと。
そして、先に目覚めた勇者たち三人は、倒れて身動きが取れないでいた私たち二人を殺そうとしたこと……。
『『ガタッ!!!』』
フウカとライカが椅子を倒し、勢いよく立ち上がった。
「「今すぐ勇者を殺してきます!!!」」
二人は勢いよく部屋の入り口へ走り出した。
二人とも我慢の限界だった。
落ち着いて聞いてと言ったキルケーの言葉に従ってはいたものの、我慢の限界はとっくに超えていた。
二人にとってキルケーは命の恩人であり、仕えるべき主であり、親友であり、母親のような存在。
勇者たちの存在を許せるはずがなかった。
二人の動きを察知したパーソロンが先回りし、部屋の扉の前で取り押さえた。
「「うぅっ! うぅっ!!!」」
二人とも目は血走り、肩を震わせ、息を荒げて怒り狂い、完全に我を忘れてパーソロンの腕の中で暴れた。
「フウカ、ライカ、お願い! 落ち着いて!」
キルケーが慌てて声を掛け、なんとか落ち着かせようとする。
パーソロンに取り押さえられても、二人は我を忘れてしばらく暴れ続けた。
なんとか二人を落ち着かせて席に戻した後、キルケーは話を続けた。
心力は底をついていたが、マサヤと二人でなんとかダンジョンから出られたこと。
勇者たちの罠に掛からないよう警戒して、二人は別行動をとることを選択したこと。
秘密の通路まで辿り着き、入り口に入ったところで倒れたことまでを話した。
そして再度、確認をするように話す。
「もう一度言います。ドラゴンを討伐したのはマサヤであり、彼は二回も命を救ってくれた恩人です!」
勇者たちの企みよりも、まずはマサヤに命を救ってもらったという事実を三人に知ってもらいたかった。
「勇者たちは間違いなく何かを企んでいます。それを事前に阻止する必要があります」
リゲルたちの企てをなんとか阻止したいことを三人に告げる。
「団長は今すぐ国王様へ事実を報告してください。それと、式典の進行は私が行うとも伝えてください」
キルケーからの指示を受けた団長は、そのまま部屋を出た。
「フウカとライカは私と一緒にマサヤを助けにいく手伝いをお願いします。服装は訓練用の身軽なものにしましょう」
フウカとライカに指示を出しながら、キルケー自らもベッドから降りて準備を始める。
「公開処刑が始まるまでにまだ時間はあるはずだけど、急いで準備をしましょう!」
✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎
国王のもとへ訪れたパーソロンは、キルケーが話した事実を簡潔に報告したあとキルケーの望みを伝える。
「式典は公開処刑も含めて予定通りに開催して欲しいとのことです。あと、式典の進行はキルケーに任せて欲しいとのこと」
「分かった。勇者たち三人はワシの後ろに座らせることにする。式典中、無防備なワシの背中を見せ続ける。もし何かを企んでいるのなら、何らかのボロを出すかもしれん」
命を狙われる可能性があるにも関わらず、国王はあえて隙を見せて勇者たちを誘導させる方法を選んだ。
「三人には執事二人をつけて二階の後方席へ座らせろ。お前は群衆の警備にあたれ。他に仲間が潜んでいるかもしれぬ」
国王は勇者たちを可能な限り泳がせ、この機に”膿”を全て出し切らせようと考えた。
✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎
「…………」
キルケーは訓練用の服に着替えながら、自分の髪を見つめる。
髪の色は変化したものの、まだ所々はドラゴン戦で焼け焦げた跡が残っていた。
「決めた! 髪を切るわ!!!」
「「えぇっ?」」
キルケーは今まで大切にしていた腰まで伸びている長い髪と訣別することを二人に告げた。
「き、キルケー様、その……」
ライカが慌てて静止しようとする。
「せっかく大切にしてきたのに……」
フウカも同意しかねている。
二人ともキルケーの長い髪が大好きなのだ。
キルケーを真似て、自分達も髪を伸ばしている。
それゆえ、髪を切るという申し出に対して素直に受け入れることができなかった。
「覚悟を決めたいの。決意表明みたいなものかな。二人でバッサリ切ってくれる?」
「「は、はい……」」
なんとかして説得したい二人だったのだが、今は式典を控えている状況だ。
のんびりキルケーを説得している時間なんてない。
キルケーと同じく、二人も覚悟を決めるしかなかった。
「さあ、行きましょう!」
フウカとライカによってバッサリと髪を切ってもらい、襟足を整えてもらったキルケーは二人を連れて部屋を出た。
城内から城壁へ繋がる通路を走り、そのまま貴族街のエリアを通過する。
貴族街と王都を隔てる城門に辿り着くまでの間に、キルケーは最終確認をした。
「二人は群衆を沈めて下さい。そして、マサヤを守って。群衆の中にリゲルの仲間が潜んでいる可能性もあるので、十分に注意してね」
「「はい!」」
「くれぐれも、リゲルたちを攻撃しないようにね!」
少し冗談っぽく二人を嗜めた。勢いに任せて勇者たちに襲い掛かりそうな雰囲気だったからだ。
城壁内の通路を走りながらお互いの目的を確認しているうちに、城門が近づいてきた。
「二人は城壁を伝ってそのまま広場へ降り立って。群衆の制圧をお願い!」
「「はい!」」
キルケーの指示を受け、二人はそのまままっすぐ広場へ通じる方向へ走っていった。
『『サンダー・ストーム!!!』』
間も無くして、遠くから二人が魔法を放つ声が聞こえた。
群衆は二人が制圧してくれただろうし、おそらくマサヤの処刑も阻止できたはずだ。
ーー急がなければ!
キルケーは階段を降りて城門へ通じる通路を駆け抜けた。
本エピソードのバックストーリーもお楽しみください。
BS2冒険から始まる『異世界”友情”物語』
第六話『不安と不安と不安』




