第三話 冤罪
城門の衛兵たちに捕らえられたマサヤはそのまま投獄された。
地下の牢獄は薄暗くて湿気が多く、カビ臭ささを漂わせている。
マサヤは両手を後ろ手にされて手枷を付けられおり、自由に身動きが取れない。
何よりも“罪人の首輪“をつけられているせいで、体に力が入らなかった。
『ドサっ!』
「うぅ……」
牢獄の一番奥の部屋まで連行されたマサヤは乱暴に投げ入れられた。
受け身もまともに取れない状態なので、顔面から床に叩きつけられる。
ここに連れて来られる間、マサヤはダンジョンで起こった事実を何度も衛兵に伝えようとした。
しかし、マサヤを連行する衛兵たちは全く聞く耳を持ってはくれなかった。
どんな話をしても嘘だと決めつけられていて、キルケーの話を出してもダメだった。
投獄される頃には、もう衛兵たちに抗う元気も残っていなかった。
「明日からお前は毎日拷問だ。五体満足でいられる最後の夜を楽しんでおけ!」
『ガチャンッ!』
鉄製の扉が乱暴に閉められ、乾いた音が薄暗い地下に響きわたった。
(くそっ! どうすればいいんだ……)
八方塞がりの状況で、マサヤは嘆くことしかできなかった。
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『ドスッ!』
「おい、起きろ!」
翌朝、マサヤは腹部に蹴りを入れられ目を覚ます。
想像以上に疲れていたのだろう。
昨夜は投獄された直後からの記憶がない。
あのまますぐに熟睡していたようだ。
「これから、簡単な取り調べと事実確認を行う」
萌葱色(*)の髪を短く刈り揃えている大柄の男が、自分で持ってきた椅子に座りながら話しかけてきた。
「まず一つ目。キサマはこの世界へ召喚されたことを逆恨みし、賢者キルケーを殺害した。間違いないな?」
勇者リゲルによる“作り話“が流布されていることにマサヤは絶望した。
今の状況で、自分の無実を証明することは不可能に近い。
「違う! キルケーは殺していない。二人で一緒にダンジョンから戻ってきたんだ」
「なら、賢者はどこにる?」
「ダンジョンの出口で別れて、彼女は王城へ通じる秘密の通路があると言って森の方へ歩いて行った」
尋問している衛兵が秘密の通路のことを知っているかどうかは分からないが、事実をそのまま伝えるしかなかった。
それに、異世界から召喚されたばかりのマサヤが秘密の通路のことを知っているとなれば証言の信憑性が高まる。
なお、この尋問を受けている最中に、その秘密の通路で倒れていたキルケーが発見される。
キルケー発見の情報は、まだこの衛兵には伝わっていなかった。
「賢者は帰還していない。見えすいた嘘をつくな!」
「えっ? 戻ってない……?」
キルケーが王城に戻っていないと聞いて、マサヤは耳を疑った。
キルケーの身に何か起こったのだろうか。
王城までどれくらいの距離があるのか知らないが、昨夜のうちに帰還していないはずがない。
「二つ目、キサマは勇者パーティ三人を殺害しようとした。間違いないな?」
「違う! 勇者たち三人がオレとキルケーを殺そうとしたんだ。オレもキルケーも運よく生き延びただけだ」
マサヤはリゲルの作り話に苛立ちながら、なるべく冷静に答えるようにした。
「勇者たちがお前を殺す理由がない。お前と賢者を殺して何の利があるというのだ? そして、キサマには勇者たちを殺す明確な理由がある!」
「違う! 勇者たちがオレとキルケーを殺そうとした理由は分からない。キルケーも分からないと言っていた。そのことはうまく説明できない」
無実を証明できないもどかしさは、マサヤの心を想像以上にモヤモヤさせる。
「あいつらは絶対何かを企んでいる!」
「何かを企んでいたのはキサマの方だろう?」
聞く耳を持たない人間には、何を言っても無駄だった。
「三つ目。キサマはドラゴン討伐の栄誉を横取りしようとした。間違いないな?」
「違う! ドラゴンを討伐したのはオレだ! キルケーから助言を貰って討伐する事ができたんだ!」
あれだけ苦労してドラゴンを討伐したのに、その事実さえも捻じ曲げられていることにマサヤは唖然とした。
「勇者たちはドラゴン相手に苦戦し、しまいには薙ぎ払われて三人とも意識を失ったんだ。逆に、三人にどうやってドラゴンを討伐したのか聞いてみろ!」
「逆にこちらが詳しく聞きたい。異世界から召喚されたばかりのキサマが、たった一人で一体どうやってドラゴンを討伐したというのだ?」
「魔法だ! 変身魔法で倒せた。キルケーの傷を回復させたのも、意識を失っていた勇者たちの傷を回復させたのもオレだ! 嘘じゃない!」
ただ事実を話すだけなのに、イライラが募って徐々にヒートアップしていく。
「変身魔法? いったい何に変身したというのだ?」
「それは……、ドラゴンより強い何かだ」
ここまでヒートアップしていたマサヤは急にトーンダウンした。
何に変身したのかを説明できない。
「ドラゴンより強い何か? それは何だ?」
「それは……」
“裏ボス“や“隠しボス“などと言っても通用するわけがない。
かといって、他に分かりやすく説明する方法も思いつかなかった。
「ド、ドラゴンの落とし物がある! 勇者たちがドラゴンを討伐したと言うのなら、ドラゴンの落とし物を持っていないとおかしいだろ!」
ドラゴンの落とし物を持ち帰った事こそがドラゴンを討伐した証拠となるのだが……。
「で、ドラゴンの落とし物とやらはどこにあるのだ?」
「キ、キルケーが持ち帰った……」
結局、キルケーがいなければ何を言っても真実を証明することができない。
言い淀むマサヤを見つめながら、男は話を続ける。
「以上の罪を踏まえ、キサマは特級の犯罪者に認定されることになる」
「特級の冒険者じゃないのか?」
マサヤは反射的に答えた。
特級冒険者になれるわけがないのは分かっているが、特級の犯罪者になることには最後まで抵抗したかった。
「冒険者登録すらしていないキサマが特級冒険者になれるわけがないだろ! あまりこの世界の冒険者を舐めるなよ!」
「冒険者登録はこれからする予定だったんだ。キルケーが国王様への報告を終えた後に、冒険者ギルドで落ち合う予定だったんだ」
こちらの話だって辻褄は合うはずだ。
気付いてもらうためにマサヤも必死だった。
「その賢者が居ないのだから確認しようがないだろう。そんな話を誰が信じるというのだ!」
(キルケーさえ居れば……)
マサヤは絶望していた。
キルケーが居なければ、無罪を証明することは不可能だと悟った。
そして、キルケーの身に何が起こったのか気になった。
自分が勇者たちの罠に引っかかったように、キルケーも何かしらの策に落ちた可能性がある。
「これからキサマは拷問を受け続けることになる。罪人の首輪をつけている以上、抵抗は不可能だし回復魔法も使えないからな」
どうやらキルケーの心配をしている余裕はなくなりそうだ。
「拷問の後、ドラゴン討伐式典にて公開処刑が決まっている。執行日まで地獄を味わうがいい」
「待ってくれ! オレはこの通り逃げも隠れもしない。キルケーは間違いなくオレと一緒にダンジョンの外に出たんだ。戻っていないというのなら周囲を捜索してくれ!」
最後の抵抗を試みる
「冒険者の捜索はしない。行方不明になった冒険者をいちいち捜索していたらキリがないからな」
そう言い残して男は立ち去っていった。
この状況ではもうどうすることもできなかった。
自分の無罪を証明したいし、何よりもキルケーのことが気になる。
でも、今のマサヤにはどうすることもできなかった。
拷問は想像を絶する苦しみだった。
痛さのあまり気絶し、痛さのあまり目覚める。
マサヤは気絶と覚醒を何度も繰り返した。
時間の間隔も麻痺してしまう。
何時間も経過したように感じた拷問が、実際は30分も経過していないほど時間経過の感覚がズレる。
延々と続く地獄のような時間。
とてもじゃないが処刑日まで待てないと思った。
ーー早く、殺してくれ!
死んだ方がマシ。そう思わせるほどの苦痛を与えることこそが拷問だ。
キルケーのことを考える余裕はあっという間に消え去り、今すぐにでも処刑を執行してくれと思うほどの地獄の時間が過ぎていった。
結局、最後は気絶をしたままこの日の拷問は終わった。
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先ほどマサヤを取り調べた兵士が国王の前へ現れた。
「どうだった?」
「はっ。供述の内容はおおよそ辻褄が合う内容でした。それに城内へ通じる秘密の通路のことを彼は知っていました。もしかすると、キルケーが生きていると言うのは本当のことかもしれません」
マサヤを尋問した兵士は、騎士団の団長だ。
国王は勇者リゲルたちの証言を疑うつもりはなかったのだが、念のために団長自らが尋問するように指示を出していた。
「そのことだがな、先ほどキルケーが発見されたよ。通路の入り口で意識を失っていたそうだ」
「なっ! キルケーは無事なのですか?」
キルケー生存の報告を受けて、団長は驚いた。
このままだと、マサヤの話が全て真実に聞こえるてくる。
「彼はドラゴンの落とし物をキルケーが持ち帰ったと証言しておりましたが……」
「それも事実だな。ドラゴンの落とし物はキルケーが持ち帰っていた」
こうなると、勇者たちの証言が怪しくなる。
「キルケーが目覚めるまで待つ。彼女の証言が聞ければ何が真実なのか明らかになる」
「はっ!」
国王は、勇者リゲルとマサヤのどちらの言うことが正しいのか、現時点ではまだ結論を出さなかった。
(*)萌葱色
萌え出たネギの芽のような暗い色
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