第九話 勇気
「危険? 自分より強い魔獣と戦うってこと? 」
「ん〜、その辺りの基準が難しいんだよね。命の危険と向き合うというのかなあ。強い魔獣と遭遇して命を落とすかもしれないって状況の時、逃げ出すことなく“勇気“を出して戦えたかどうか……。そんな感じかな」
「勇気かぁ。それは分かるなぁ。初めてドラゴンを見たときの心境だなぁ。あの時は心が折れて、逃げ出すことしか頭に無かったよ」
初めてドラゴンを見たとき、オレは心が折れて目の前の現実から逃げていた。
勇気を出して戦うという選択肢なんて無かった。
たまたまキルケーのアドバイスで冷静さを取り戻せたけど、普通なら逃げ出していただろう。
そして、逃げ切れることもなくアッサリ命を落としていたはずだ。
言われてみれば、キルケー自身は確かに気持ちが逃げていなかった。
瀕死の状態だったのに最後まで諦めずにオレにアドバイスを送り続けてくれていたし、プロテクトの魔法まで唱えてくれていた。
あれも“勇気“というのだろうか。
あの時のキルケーに勇気が無ければあっという間に気を失っていて、何も分からぬうちに命を落としていたのかもしれない。
「そうそう! マサヤがドラゴンを討伐したのはまさに“勇気を示せた“からだよ。冒険者だったらランクアップ確定だったね」
オレのことを褒め称えるようにニッコリ微笑んでくれた。
「そっかぁ。でも曖昧な基準なのにどうやって勇気を出したことを証明するの? 自己申告制ってわけでも無いよね?」
ランクアップの条件はなんとなく分かったけど、勇気を出して戦った事をどのように証明するのだろうか。
ゲームみたいに経験値とかレベルとかそんな数値で管理されているのだろうか。
自己申告制なら、嘘の申告をするヤツで溢れかえるだろう。
「ああ、ランクアップは髪の毛の色で分かるの。ランクが上がるたびに髪の色が変化していくのよ」
「髪の毛? 色? 」
「そうよ。始めはみんな真っ黒。前髪の色だけが変わったら初級冒険者、全体がまだらに染まったら中級、そして私みたいに全部の色が変わったら上級冒険者ってこと。見た目で判断できるから分かりやすいでしょ! 」
「へ、へぇ〜」
髪の色が変化する。
予想外の答えにオレは困惑した。
確かに見た目は分かりやすいけど、なんで髪の毛の色が変わるんだろうか。
「勇気を出して戦ったら髪の色が変化するの? それってどういう仕組みなの? 」
「さぁ。なんで色が変わるのかは知らない。“分からない“って言った方が良いのかなぁ」
あまり関心が無さそうな返事だった。
この世界では当たり前のことなのだろうか。
髪の色が勝手に変わるって、なかなか凄いことだと思うんだが……。
「オレの色も変わるのかな。いや、異世界人は無理か……」
短髪なので自分の色を確認することは出来ない。
変わってたら面白いなと思ったけど、オレはこの世界の人間じゃない。
オレにまでこの世界のルールが適用されることは無いだろう。
「多分だけど、マサヤの色も変わるんじゃないかな。古い文献では異世界から召喚された人の髪も変化したって記述があったような気がする」
「え! そうなの? オレの色、変わってる???」
異世界人のオレにも適用されると分かったら、ちょっとテンション上がった。
ドラゴンを倒したんだ! 変化しないことは無いだろう。
前髪だけだろうか。
それとも飛び級みたいな感じで、いきなり“まだら“まで変化するかな?
いきなり中級冒険者もかっこいいかもしれない!
「急に色は変わらないよ。冒険が終わってゆっくり休んで、心身ともに回復した後に変化するの。冒険から戻って数日後、朝起きたらいきなり変化しているからちょっとビックリするよ!」
自分自身が変化した時のことを思い出したのだろうか。
キルケーは何だかすごく嬉しそうに話してくれた。
「そうなの? 不思議な世界だなぁ。それって個人だけのこと? パーティで行動していたら全員の色が変わるとか? 」
「個人かな。でも勇気を試されるときはパーティ全員が同じ状況ってことだからね。パーティ全員が変化することが多いみたい。もちろん、変化したのは一人だけでしたって場合もあるし。バラバラみたいだよ」
個人個人の行動が判断されるのか。
強いパーティの仲間に入れてもらっても、自らが行動しないとランクは上がらないってことだな。
「キルケーはずっと勇者たちと一緒に冒険していたの? 」
「ううん、違う。私はずっと一人で冒険をしていたわ。ドラゴン討伐をするために1ヶ月前から勇者パーティに加入したの」
「ずっと一人? ソロで冒険して、賢者になったってこと? 」
ずっと一人で冒険をしていたとすると、かなり凄いと思うのだが……。
しかも攻撃無しで。本当にそんなことが出来るのだろうか。
「そうよ。一人だから、頻繁に危険な状況に追い込まれたな。おかげで上級冒険者になるのは早かったよ。流石に『賢者』になるまでは時間がかかったけどね」
ニッコリ笑いながら話すから、ついつい普通のことかなと勘違いしてしまいそうだ。
言ってみれば、中学生時代に何度も命の危険に晒されながら、それでも一人で切り抜けて来たってことだよな……。
「たった一人で、攻撃もしないで、それで冒険できるものなんだ……。危険な状況って言うけど、死ぬ可能性もあるわけだよね? 」
「もちろんよ。魔獣に取り囲まれたりした場合、判断を誤ったら死ぬわね。そこは魔法を使いこなして何とか切り抜けるの。『あ、死んだかも……』って思ったことも何度か経験してきたかな」
ものすごいことをサラリと言う……。
“危険“や“死“に対する感覚がオレとは根本的にズレている。
この世界の人はみんなそうなのか、それともキルケーだけが異常なのか……。
「逞しいんだね。尊敬するよ。勇者たちは少し取り乱していたように見えたけど、経験の差なのかな」
「そうかもしれないな〜。ドラゴンが現れてから急に連携が取れなくなったからね。それか、私を殺すことに意識が傾き過ぎたのか……」
考えてみればドラゴン討伐中って完全なる”密室状態”だよな。
キルケーを殺すには最高のシチュエーションと言える。
待ち望んでいた”密室状態”が訪れて、焦ってしまったのだろうか……。
「勇者たちとは、うまくいってなかったの? 気が合わないというか、仲が悪かったというか」
「そうだなあ。私はずっとソロで活動してきたから、パーティ組んで冒険すること自体に慣れてなかったのもあるけど。それに向こうはずっと三人で冒険をしてきてたみたいで息がピッタリだったな。まだ馴染めてなかったのは確かだね」
「でも、それがキルケーを殺す理由にはならないよなあ。挙げ句の果てにはオレも殺そうとしてきたわけだし」
命を狙われる理由が分からないって一番怖い状況だな。
「ダンジョンを進んでいる間は特に問題なかったわ。私の行動に何か問題があったのかなって思い返してみるけど、たいして心当たりは無いし。やっぱり、何かおかしいよね……」
キルケーは宙を見つめながら勇者たちとのことを思い返しているようだった。
「そろそろ寝る? 」
分からないことを考えるのは止めたのだろうか。
キルケーは唐突に話を切り替えてきた。
「ん? ここで寝るの? このままダンジョンを出るつもりだったけど」
このまま二人で寝るのって……、大丈夫なのだろうか?
確かにさっきも二人で寝たけど、あの時は二人とも疲れ果てていたから何も考える余裕が無かった。
そこそこ回復してきた今、普通に二人で寝るのは緊張する。
「このまま街に戻ってもみんな寝てる時間だし。明日、明るくなってから戻った方が都合がいいよ」
まあ確かにそうだ。
真夜中や明け方に戻ったとしても、結局のところ寝る場所を確保しないといけない。
宿を見つけられるかどうかも分からないわけだし。
「そうだね。まあ疲れているのは間違いないから。オレはいつでも寝られる状態ではあるよ」
「正直に言うと、私もかなり疲れているの。マサヤもゆっくり休んで」
ああ、やっぱりキルケーは疲れているのか……。
キルケーを気遣うことも出来ずに、自分のことばかりを考えていたオレはおおいに反省しなければいけないと思った。
「そっか。じゃあ、朝までゆっくり寝ようか。オレはこのあたりで寝て大丈夫かな。キルケーはどの辺りで寝る?」
「私はこのまま壁にもたれて寝るから大丈夫よ」
「わかった。じゃあ、おやすみ!」
「うん、おやすみなさい」
オレは床に寝転んだ。
地べたで寝るのはまだまだ慣れないけど、疲れていたせいもあってかあっという間に眠ってしまった。




