四月二日(木曜日) (3)
四月二日(木曜日) (3)
それぞれにプリンアラモードとタルトがやってきて、会話は途切れがちになった。
真澄も、もう僕の勉強の出来については話さなかった。
とっくに高校入試は終わっていて、結果は出て、しかも僕は明日には入学式だ。
やり直せないし、足を止めることもできない。
「さっきはなんの本を見ていたの?」
タルトをフォークで崩しながら訊ねると、ゲーム、と返事があった。
思いがけない返事だけど、確かにあそこはゲーム関連の棚だった。
「何か面白いのがあるの?」
そう質問すると、真澄は首を振った。
「私はゲームはどうも性に合わないみたい」
「トラブルになる、とか?」
「本気になりすぎるのね。このまま続けていたら、青峰に入ったのが無駄になるかも。勉強が手につかなくて」
真澄らしいという思いが意外さに取って代わった。
真澄は昔から、何かに熱中するタイプだった。保育園では泥だんごを磨くのに必死になっていたし、野原へ行けば長い長いシロツメクサの首飾りを作っていた。
小学校では鉄棒に必死になったり、長距離走に必死になったりしていた。
僕はそんな時、何をしていたんだろう。
保育園では、一人でブランコに揺られ、一人でジャングルジムに登っていた。
小学校では、グラウンドの隅の木陰で、タイヤが半分埋められているものに腰掛けていた。
帰り道に市立図書館で本を読み、静かな空間に没入していた。
そんな、一人きりを守る態度だから、こんな風に僕は何かを大事にできないのか。
大事なものを、簡単に手放せてしまうのか。
勉強すればよかった、といつか、遠い未来に思うかもしれない。
ただ、それだけではない予感もする。
新しい場所で、新しい人たちに混ざっていれば、新しい何かが訪れるような、そういう予感。
希望、願望、そんな類のものだろうか。
でも明日のことは、誰にもわからない。
「とにかく、本気でゲームに打ち込めるのは、今日で最後。明日には入学式だから」
青峰も明日なのか。田舎の公立校だから、予定がおおよそ同じらしい。
結局、真澄からゲームのタイトルに関する話題はなかった。
逆に真澄から僕に、なんであの棚のところに来たのか、質問されたけど、適当に棚を流して見ていた、と些細な嘘をついた。
僕が勉強しなかったと誤解している真澄に、ゲームをしている、なんて話したら、本当に軽蔑されそうだった。
そんなことをしない子だとは知っているけど。
TWCも僕には新しい世界で、デギオンとアカリアは、僕を道案内してくれる、不思議な立場だ。
友達というには偉大で、先輩と言えるほど身近でもない。
不思議な距離感なのだ。
僕たちは学校のジャージがカッコ悪いとか、どうでもいい話題で話をして、昼前に店を出た。
「またね、春樹」
「うん、また」
別れる交差点で、あっさりと僕たちは別の道を選んだ。
真澄とはまた会える。こんなにそばに住んでいるんだ。
そういえば、前にうちに訪ねてきたはずだけど、あの時の用事を聞きそびれた。次でいいだろう。もう忘れていたようだし。
さて、早く帰って、ちょっとTWCに集中しよう。
1時間しかないんだ。
(続く)




