四月二日(木曜日) (1)
四月二日(木曜日) (1)
春休みの最後なのに合わせて、僕はゲーム断ちをしてみた。
一日に1時間と決めて、今日から実行だ。いや、ゲーム断ちにしては緩いかも。
デギオンとアカリアにはメッセージを送っておいた。
反応はデギオンからは「学生生活を満喫したまえ」ということだった。
アカリアの返事は「僕もそうしようかな」というものだった。
それにしてもアカリアとは半月は頻繁にやりとりしているけど、本当に「彼」ではなく「彼女」らしい。
声は作っているようだけど、口調はどこか女性っぽいし、何より、頻繁に「僕」ではなく「私」と言ったりする。
別にそういうプレイスタイルに否定的でもないので、放っておいている。
中年のむさ苦しいおっさんが、美少女のアバターを使っているとなるとものすごく不自然というか、やや悪どいけど、アカリアの場合は違うし。
女の子が男の子のフリをするなんて、可愛らしい、と思える。
でもどういう理由だろう。
僕とどこか通じる部分があるのだろうか。
声やしゃべり方を隠すように、アカリアも何かを隠したいのか。
朝、早めに起きて散歩に出た時、そんなアカリアの秘密を想像したけど、もちろん、想像の域を出ない。
駅前にほど近い大型書店で、高校一年生向けの参考書とかを読んでみるけど、何か違うと思って、TWCに関する攻略本を探しに棚の間をふらふらとさまよった。
書棚についている札を眺めていくと、ゲーム、という札がある。ここかな。
進もうとした時、見知った顔があって、やや驚いた。
近藤真澄だ。
僕が急に足を止めたのが彼女の視界の隅に入っていたらしい。
彼女がさっと顔を上げて、こちらを見る。その手が何かの本を書棚に戻した。
こうなっては無視するわけにもいかない。
僕はまだコートを着ていて、店内には暖房が焚かれているけど、いやに暑い気がした。真澄もコートを着ていて、マフラーも見えた。
「こんにちは」
歩み寄ってそう声をかけると、なにが目当て? と真澄の方から訊ねてきた。
「ちょっと、ゲームに関する本」
「高校に入学して、モラトリアムを謳歌する、って心算?」
モラトリアム、という言葉の選び方が古く感じて、思わず笑ってしまい、それを隠すために口元を手で隠した。真澄はちょっと不機嫌になったようだ。
「大洋なんて選んで、どういうつもり?」
話題は学力に転じたようだ。
「あそこが僕の実力だよ。真澄とは違う」
「そうかなぁ。あんた、目立たないようにしたでしょ」
買いかぶりだ、と言おうとしたけど、それは口にしないことにした。
実は中学二年生になるまで、僕と真澄は同じ学習塾に通っていた。
でも僕はそこを辞めた。
ついていけないわけではなく、学校の同級生が同じクラスに数人いて、放課後も顔をあわせるのが負担だったからだ。
塾をやめてから、僕の成績は落ちた。
結局、家庭学習だけでは真澄には追いつけなかったことになる。
「お茶でも飲む?」
僕の表情から何かを読んだわけではないだろうけど、そう言われて、財布の中に四月のお小遣いが全額、入っているのを考えた。考えながら、危うくわざとらしく財布を確認しそうになって、耐えた。
「良いよ」
平静さを装ってそう応じると、行こうか、と真澄が先を歩き出した。
(続く)




