三月十四日(土曜日)
三月十四日(土曜日)
目元を揉んでいるところで、いきなり部屋のドアが叩かれた。
「兄貴、夕飯だよ!」
ああ、ああ、などと返事をしながらスマートフォンとコントローラーを勉強机に置いて、立ち上がろうとするが、ちょっと足元がふらつく。VRにはいつになったら慣れるやら。
ドアを開ける前に、ドアの方から開いた。
「さっきから呼んでたのに、気づかないわけ?」
妹の秋穂がムッとした顔を部屋に突っ込んでくる。1歳違いの妹なので、彼女は今は中学二年生、来月には三年生だ。
今は前髪をヘアバンドで持ち上げているので、真っ白い額とスッとした眉毛、何よりギラギラしている強気な視線が露わになっている。
その視線が僕の勉強机をちらっと見た。
「ゲーム? 何か面白い奴、あるの?」
「まだ始めたばっかりで、よく分からないよ」
「冴えない趣味だよねぇ、読書とゲームなんて」
まったくその通りなので、苦笑いするしかない。
秋穂は僕とは違って運動が得意で、部活ではバスケットボール部のレギュラーだ。背丈はそれほどでもないが、試合を見ると動きが素早くて、びっくりする。
二人で一階へ降りると両親が既に待機していて、テーブルの上には豪華な料理がある。
そうか、今日は僕が高校入試に合格した日なのだ。お祝いなんだろう。
両親からのやや力のこもった祝福と、妹からのさも当然と言わんばかりの一言を聞きながら、ワイワイと食事をする。
「ゲームは解禁だけど、やりすぎはいけませんからね」
どこか古風なところのある母さんの言葉に、おざなりに頷いておく。
やりすぎたくても、死んでしまえば五時間ないし六時間は手を出せないゲームなのだから、母さんも安心だろう。
食事は一時間もせずに終わって、父さんがいるときの食後の常で、チェスを一局、指した。
僕も父さんも、専門的な知識のない、いわばチンピラチェスだ。
それでもいつも勝つのは父さんだった。
前は将棋を指していて、そちらは僕が小学校を卒業するときには父さんを圧倒していて、それからチェスになった。
どうもこういう些細な知識が、いずれ何かのときに役に立つ、というのが父さんの理屈らしい。趣味の幅を広げるという教育だろうか。
とにかく、自分の部屋に戻った時には二十一時になろうとしている。
お風呂の順番になるまで流行りのライトノベルをチェックして、やっとお風呂に入り、出てきた時には二十三時前。
あと一時間、待っていればTWCにログインできるけど、深夜になる。
ちょっと迷ってから、この日は眠ることにした。
春休みは始まったばかりだ。
時間はたっぷり用意されている。
(続く)