三月二十五日(月曜日) (2)
三月二十五日(月曜日) (2)
時間になり、男性教師が入ってきた。
年齢は30を過ぎたくらいで、メガネをかけている。見るからに人懐っこい、明るい雰囲気が発散されている。
「はいはい、1年生諸君、席に着きなさい、ほらほら、早く」
バラバラと生徒たちがそれぞれの席に戻る。
教師は「とりあえずはこのクラスの担任の山崎淳也だ。よろしく」と言ってから、今日の予定を説明し始めた。
これから教科書を受け取り、学校指定のジャージの採寸をして、その申込書を提出したものから帰っていいらしい。
「それと、あー、お前」
山崎先生が金髪の少年を指差した。
「名前、なんだっけ?」
生徒は特に気負った様子もなく、平然と立ち上がった。
「脇坂太一です」
彼は僕と同じく黒板から一番遠い席で、その上、一番廊下に近い。出席番号では最後で、名前がわから始まるから、さもありなんだ。
「脇坂ね。その髪の毛、入学式までには黒にしておけよ。校則違反だ」
「了解であります」
くすくすと笑い声が起こるのに、山崎先生もニコニコとしている。
「あまり調子に乗ると、いきなり停学だぞ、脇坂」
言葉選びとは裏腹に、どこか凄みがあって、笑顔も怖いものに見えたのは僕だけじゃないようだ。笑い声はピタリと止まり、脇坂も「わかりました」と神妙に応じた。
それで山崎先生の今日の話は終わった。最後に付け足すように「入学式の次の日に自己紹介させるから、心配な奴は練習しろよ」と言い残して、颯爽と教室を出て行く。
クラスは少しほっとした雰囲気に変わり、めいめいに教科書を配布している大教室に向かい始める。
僕は結局、誰とも話すことなく、三年分の教科書を一度に受け取り、頑丈な紙袋がもらえたので、それを手に、今度はジャージの採寸をしてもらいに行った。
それが済めば、もう用はない。
重たい紙袋を手に坂道を下りていく。デイパックには収まらないのが悔しい。
「きみ、ちょっと」
急に声をかけられて、立ち止まって背後を振り返ると、同じクラスの例の体格が大きい生徒がいた。細い目が更に細められている。
「前、うちのじいちゃんの店に来たよね。あの、コンビニ」
ああ、と応じたかったけど、実際に僕の口から出た言葉は、「うべえぇ」みたいな声だった。
僕が恥ずかしさに赤面している間に彼はこちらに大きな手を差し出してきた。
「高木清太郎。よろしく」
「お、織田春樹、です」
どうにか今度はまともな声を出す。手を握り帰る。握手。規格外にs大きい手だった。
それにしても、なにか、ものすごく久し振りに人と喋った気がした。
「織田くんか」
何かを確かめるようにそういうと、高木は歩き出す。僕はちょっと気後れしながら、横に並んだ。
高木は歩きながら、彼の祖父が経営しているコンビニで小遣い稼ぎをしていることを教えてくれた。それに続く話で、僕の中学校を推測したりして、それは正しい推測だった。
彼の出身中学はまるで違う方向で、どうやらコンビニに行くのも、だいぶ移動するようだった。
「電車で通うの? それとも自転車?」
何気ない問いかけが、今はありがたい。
「まずは、電車。もしかしたら、自転車にするかも」
「僕は電車だよ。反対側だけど」
やっぱりだ。中学校が違うのも頷ける。
僕は彼に何かスポーツをしているのか、確かめたい衝動に駆られたけど、結局、それは口にできなかった。
駅で高木とは別れた。
(続く)




