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三月二十三日(土曜日)(2)

三月二十三日(土曜日)(2)



 僕たちは机を挟んで向かい合った。

 彼女はココア、僕はミルクティーを目の前に置いている。

「高校はどこだっけ?」

 そう訊ねられて、「大洋」と答えると、ああ、と真澄が頷く。

「あの山の上にある高校だよね。電車通学かぁ、羨ましいな」

 大洋高校は隣の町にあり、通学には電車で一駅だけ移動する。

「一駅じゃ、電車通学とは言えないけど」

「なんか、憧れるのよねぇ」

 ココアの入ったマグカップを持ち上げて、真澄はかすかに口元を緩ませる。

「青峰高校に受かったって聞いたけど」

 彼女がマグカップをテーブルに戻したところでそう切り出してみると、少しだけ真澄が眼を細める。瞳に冷ややかな色が一瞬、見えた。

「そういう噂って好きになれないな。どこの高校に行ってもいいじゃない」

「まぁ、田舎だから」

 言い訳にもならないような言い訳は、真澄にはやっぱり気に入らなかったらしい。

「どこだろうと、人の事情に踏み込むのは好きじゃない」

 ごもっとも、という意味で頷く。それで意思疎通できる程度には、長い時間を過ごしてきたのだ。

 いつの間にか、保育園で知り合った時からもう十年近い時間が過ぎている。

「大洋にしたのは、知り合いがいないから?」

 上目遣いに真澄がそう言ったので、返事に困った。

 僕は中学校で、あまり周りに馴染めなかった。理由はよくわからないけど、元気な奴らには格好の標的だったんだろう。

 いじめられていたわけではなく、緩やかな阻害、緩やかな否定、そんな感じだった。

 声やしゃべり方もそうだし、体格や成績、体育の授業での様子、マラソン大会や球技大会での様子、全てが彼らを喜ばせた。

 僕はあまり認められることはなく、むしろ、何かしらの標的としてそこにいたようなものだ。

 それが彼らによる、認める、という行為だったかもしれないけど、嬉しくもない。

 同じクラスの真澄はそれを見ていたはずだけど、僕に必要以上に近づくこともなく、しかし攻撃したり否定するわけでもなく、適切な距離を保っていた。

 賢い、といえばそうだけど、一方では、残酷だ。

「そういうつもりもないよ」

 どうにかそう答えると、まだ疑わしげに真澄はこちらを見ていた。

 僕がそれ以上、何も言わないでいると、真澄はだいぶ迷ったようだけど、何かの言葉を口にしようとした。

 でもそれよりも先に、彼女のスマートフォンが大きな呼び出し音を発して、店中の視線を集めることになった。

 真澄が慌ててスマートフォンを取り出し、電話に出ている。すぐに会話は終わった。

「ごめん、行かなくちゃ。またね、春樹」

 一息にそう言ってから、さらに何か、そう、きっと言いかけたことを今度こそ言おうとしたように見えた。見えたけど、彼女は諦めたようだ。

 マグカップをカウンターに返して、手を振って去っていく彼女に小さくを手を挙げて応えた。

 僕は意味もなく、目の前のミルクティーをしばらく眺めていた。



(続く)

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