三月二十一日(木曜日)
三月二十一日(木曜日)
昼食のために一度、ログアウトする。
トップページには二人のフレンドがいる表示が出現していた。
一つはアカリア、一つはデギオンだ。
パーティだけではつまらない、とデギオンが言い始め、アカリアも同意したので、三人はフレンド登録をしあった。
急に山が崩れるような衝撃だったけど、フレンド登録すると二人のステータスを見る権利がある。二人にはそれを拒絶することも可能だったけど、拒絶はしなかった。
アカリアのレベルは66、デギオンのレベルは78だ。
トップランカーに加えられてもおかしくないレベルで、どうしてセントラルにいるのか、まったくわからない。それだけのレベルがあれば、最前線で戦うことも可能なんじゃないか。
そのことを訊ねることはできていない。
もし僕がボイスチャットをオンにしていれば、反射的に訊ねられた、というか訊ねていたはずだけど、テキストにはそういう反射行動のようなものがなくて、正直、助かった、と思う。
ヘッドギアにつけたままのスマホの画面から視線を外し、メガネをかけて窓の外を見る。
今日の空は雲が多くて、青いところは少しも見えない。その代わり、こういう春先の日の曇りの常で、冷え込むことはない。晴れている時ほど冷え込むのだ。
時計を確認、11時半を過ぎたところ。
半日をゲームで潰したことになる。
今後のパーティの予定としては、今日の19時から三人で第1層の危険地帯である草原を抜けて、ボスキャラを攻略しよう、ということになっている。
WTCでは、プレイヤーが上の階層に行くには、ボスを倒すか、ボスを倒した人からパスワードを教えてもらう、しか方法がない。
もちろん、アカリアもデギオンも第1層なんて大昔に攻略しているので、先へ進めるはずだし、僕にパスワードを教えることもできる。
それをしないのは、デギオンが言うには、ゲームを楽しむため、ということになる。
アカリアも同意して、苦労した方が面白いから、と言っていた。
何にせよ、強い味方がいても、緊張はする。
ゲームなのに、必死になるのもバカみたいかな。
椅子の背もたれに体を預けて、天井を見て、ちょっとは実戦の前に訓練をするべきかな、と考え始めていた。
まずはそれより先に昼食だ。
すでに一階からいい匂いが漂ってくる。母さんがホームベーカリーでパンを焼いているみたいだ。食欲をそそる匂いに、ちょっと気合を入れて立ち上がる。
一階へ降りると、やっぱりストーブの前で秋穂が倒れていた。ごろりと転がり、こちらを見る。
無言で何か、目元をなぞる素振りをする。
なんだろう?
食卓の椅子に座ると、料理中の母さんがこちらを見て、眼を細める。
「ゲームもそこそこにしなさいね」
え? と思わず声を上げると、母さんが鼻をならす。
「おでこにヘッドギアの跡が付いているからね」
ああ、秋穂の身振りはそれか。
恐縮している僕に、今だけよ、と母さんが言って、料理をテーブルに運んできた。秋穂も起き上がり、足早に自分の席に着いた。
(続く)




