三月二十日(水曜日)
三月二十日(水曜日)
ホクホクで昼食を食べていると、真っ先に秋穂がそれに気づいた。
「何かあったの? 兄貴」
「ちょっとね」
秋穂がこれ見よがしに母さんを見てニタニタと笑う。
「これは彼女ができたに違いない」
「そんなわけないだろ……」
地味に気にしていることを言う。
「じゃあ、ネットの向こうに彼女ができたんだ」
……余計にひどいのでは。
ちょっとがっかりして昼食を食べ終わり、目が疲れている気がしたので、リビングに置かれているソファに移動して、大きなガラス戸の向こうを見る。
盆地にあるので、周囲は山に囲まれている。囲まれていると言ってもはるか遠くで、例えばTWCの世界樹を間近で見上げるような圧倒される感じは全くない。
どことなく青く見える峰々に、今はまだ真っ白い雪に覆われた部分が多い。冬は去ろうとしているけど、まだ春とも言い切れない。
洗い物を秋穂と協力して終わらせた母さんは、僕の向かいのソファに移動して、数独の本を片手に持ち、もう一方の手の鉛筆で眉間をつつきながら時々、唸っている。
秋穂が何をしているかと思うと、リビングの床に直に寝転がっている。ストーブの前で、ぬくもりを楽しんでいるらしい。
平和なことじゃないか。
「そうそう、お兄ちゃん」
急に母さんが顔を上げた。
「真澄ちゃんは、青峰高校だって。すごいわね」
この辺りの公立高校で一番偏差値が高いのは、青峰高校で、次が四葉高校だ。
僕が行く大洋高校はパッとしない、平凡な高校である。
真澄ちゃん、というのは、近所に住んでいる近藤真澄という同級生で、僕とはどういうわけか、小学校も中学校もずっと同じクラスだった。
勉強ができるとは聞いていたけど、まあ、青峰は順当な進路かな。
別に他人が勉強が出来ようが出来まいが関係ない、というのが今の僕の境地だった。
誰もが天才にはなれないし、大企業の社長にも、歌手にも、役者にも、なれないのだし。
上昇志向、という言葉があるけど、現実ではやる気だけじゃどうしようもないことがある。
まぁ、それを言ったらTWCにおける僕は、やる気だけでどうにかしようとしているのだけど。
僕が当たり障りのない返事をすると、母さんは数独に集中し始めた。
僕も目の疲れがとれた気がしたので、トイレに寄ってから自分の部屋に戻った。
スマートフォンでTWCを起動して、ヘッドギアに装着、それを被る。
コントローラー、イヤホンの接続は良好。
いざ、ログインだ。
(続く)




