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七月三十一日(金曜日) (5)

七月三十一日(金曜日) (5)



 デギオンが自己紹介した。

「俺の名前は井出桃李。ハルハロンはなんていう名前だ?」

「織田春樹です。よろしくお願いします、その、現実でも」

 嬉しそうに笑い、デギオンが頷く。

 情報交換が手短に行われて、デギオン、いや、井出さんは大学院生で、22歳らしい。普段は大学にいるか、バイトをしているという。

 TWCは初期からのプレイヤーで、ここで彼が新月騎士団の初期メンバーだと教えられた。

「アカリアもそうだがな」

 反射的に真澄を見ると、澄ました顔でタルトタタンをつついている。

 お互いを理解するには、とてもじゃないけど、これから一時間やそこらでは足りない。

 できることなら今夜一晩くらい、話したかった。

 でも僕も真澄も、帰らないといけない。

 あの田舎の、小さな街に。

「今回、顔を合わせたのは、礼儀だと思ったからだ」

 井出さんが言う。

「ここ数ヶ月で、春樹がそれ相応に使えるようになったのは、真澄を介して知っているんだ。俺も真澄も、それぞれにレベルを上げてもいる。その理由は、第103層だ」

「どういうことですか?」

「新月騎士団の連中を出し抜いて、俺たちが攻略する」

 この男性は何を言い出したんだ?

 僕は彼の顔を凝視し、それから真澄を見たけど、真澄は何かを試すような視線を返してくる。

「僕のレベルは、80をいくらか超えただけですよ」

 かろうじて頭に浮かんだ言い訳を口にしても、気にしないよ、と井出さんは受け流した。

「俺のレベルは今、297。真澄は?」

「私は、288」

 とんでもない強さじゃないか。

「俺の計画では、これからの一ヶ月で春樹をレベルアップさせて、他にも使えそうなプレイヤーも加えて、最上層に挑む。できると思うか、できないと思うか、どちらだ?」

 無理だ、と思った。

 ただそれを口にしなかったのは、きっと井出さんが真剣な顔で話しているからだ。

 とてもゲームの攻略を話題にしているような感じではない。

 現実世界の選択を問うような、後戻りできない問いかけのような言葉の響きだった。

 誰もしゃべらずに、静かな時間が流れる。

「やってみたいとは思います」

 そう僕が口にすると、よろしい、と井出さんが頷いた。

「それじゃあ、すぐに始めよう。明日の夜からだ」

 ぐっと井出さんが拳を突き出す。

 TWCの中でやっていた拳をぶつけ合うモーション。

 真澄がその拳に自分の拳を当てる。

 僕も腕を伸ばし、二人の拳に自分の拳をぶつけた。

「ここの払いは俺が持つから、好きなだけ食べろよ」

 そういう井出さんに、昼食を食べたばかりなんだよ、と真澄が言い返すと、「包んでもらうこともできるぞ」と井出さんが自然と答える。

 阿吽の呼吸だ。

 ウエイトレスを呼んで真澄がメニューを持ってきてもらった。

 僕はまだ頭の中でTWCで何が起こるのかを想像し、予想するのに終始していた。

「あまり深く考えるな」

 井出さんが僕の頭を軽く小突いた。

「どうせゲームだ。気楽にやろう、坊や」

 僕は本当にデギオンと、アカリアと再会したのだと、実感が湧いてきた。




(続く)

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