七月三十一日(金曜日) (3)
七月三十一日(金曜日) (3)
食事が終わると、「会わせたい人がいるんだけど」と真澄が言った。
今度ばかりは秋穂がぴったりとはりつき「私も連れてって」と即座に意見を口にした。
「秋穂ちゃんが会っても、あまり意味はないんだけど」
「意味がないって、どういうこと?」
「春樹と私の共通の知り合いなのよ。だから秋穂ちゃんは、会っても誰だかわからないわ」
待て待て、と思ったけど、それよりも意味不明さに囚われて、言葉が出なかった。
会わせたい人?
僕は東京に来たのは家族旅行が数回あっただけで、知り合いがいない。
それとも地元で知り合った誰かが、今、東京にいるのだろうか。
中学生の時の知り合いじゃなくて、小学生の時の知り合いとか?
東京に引っ越した奴は、それは一人や二人はいるだろうけど、なんで僕と引き合わせる必要がある?
僕が混乱する前で秋穂が粘ろうとするのを、そっと抑えたのは桂木姉妹だった。
美味しいスイーツを食べに行きましょう、とか言っているが、秋穂はまだ決断できないようだった。
僕は財布から5千円札を取り出し、こっそり手渡した。
ギラリと光る目で秋穂がこちらを見る。買収されてたまるもんか、という瞳の色だ。逆効果かな。
「美味いものを食ってこいよ。僕は真澄の話に興味がある」
しばらく黙ってからお札をポケットに突っ込み、「後で教えてよ」と言い残して、一転、笑顔になった秋穂が双子と一緒にどこかへ歩き出す。
男子三人のうちの高木くんと小宮くんは、上野の美術館を見て回るという。
脇坂くんは、ぶらぶらするよ、という雑な返事だった。
まぁ、さすがに何も知らない子供ではないし、それぞれが財布を持ち、帰りの切符も持っている。東京の街で行方不明になることも、ないはずだ。
僕は真澄と一緒に歩き出した。
駅に戻るかと思ったが違う。御徒町方面に歩いているようだ。
そのままアメ横に入って、より一層、人混みの密度が増した。
するすると真澄が先へ進み、僕はそれについていく。何度か通行人と肩がぶつかったけど、誰も謝ったりはしない。
そのまま御徒町を通り越し、末広町。
秋葉原が近づいてくる。
そこでふらっと脇道に入った。何の店もないような、東京とは思えないほど閑散とした道である。
4階建くらいの建物が並んでいても、どういう建物か、判然としない。貸事務所なのか、それとも別の何かなのか。
「ここよ」
真澄が不意に足を止めたのは、他と代わり映えのしないビルだけど、地下に通じる階段があり、その脇には喫茶店であることを示す看板がある。
喫茶店の名前は「ル・ノワール」。
真澄が堂々と入っていくので、僕は後についていった。
照明が薄暗い。
階段の下のステンドグラス風の飾りのドアを開けて中に入ると、コーヒーの匂いが上品に漂った。
(続く)




