七月二十六日(日曜日) (2)
七月二十六日(日曜日) (2)
スマートフォンを耳に押し当てて呼び出し音を聞く。
すでに3回目。切るか。
耳元から離そうとした時、呼び出し音が途切れた。
「もしもし? 何?」
真澄の声が流れてくる。
「ちょっとした臨時収入があって」
そこまで言って、あまりの説明の雑さに自分でも呆れたけど、押し切るよりない。
「少し話をしようかと」
言い切ってから、前に真澄と会った時は、どこか険悪な雰囲気で別れたんだと思い出した。
「謝罪も込めて」
余計な言葉かも、と思ったけど、どうにか声にした。
沈黙の後、「チョコレート・パラダイス」という声がした。
思わず僕がうめくと「いや?」という追い打ちがくる。
もう覚悟を決めるしかない。
「いいよ、チョコパね。いつ?」
「今日よ。16時には終わるから、16時半に駅前ね。南口」
もうどうとでもなれという思いで、「了解。待っている」と告げて、おざなりな別れの言葉を交わして通話を切った。
こうなると雑な服装で行くわけにもいかない。
休みなので髭剃りをサボっていたから、電気シェーバーで髭を剃るところから始める。髪型には特にこだわりがないけど、だいぶ伸びている。こんなことなら、切っておけばよかった。
服装も選ぶ必要がある。あまり目立たず、しかし周りから浮かないように。
あっという間に時間が過ぎ、14時になった。駅まで自転車で行って、駐輪場に停め、待ち合わせ場所へ行くことを全て考えれば、家を出るのは15時半過ぎ。
この1時間半でTWCをやりたい衝動に駆られたけど、一度、ログインすれば、もう1時間半で済ませる自信がない。
忍耐力を総動員して、スマートフォンを遠くへ置いておいた。
この後、真澄と会えばまた別種の忍耐力が必要になるけれど、出し惜しみは無しだ。
ベッドの上で本を読んで、時間に合わせて身支度を整え、一階へ降りる。
「出かけてくるから」
そう母さんに声をかけると、リビングのソファで数独を解いていた母さんがこちらを振り返る。
「頑張りなさい、私のパダワン」
「それ、もう通じないジョークだよ」
ジェダイ・マスターは肩をすくめただけだった。
玄関で靴を履いていると、秋穂が塾だか部活だかから帰ってきた。
「何? これから出かけるの? 兄貴」
「ちょっとそこまでな。夕食を僕の分まで食べておくように」
本当に食べちゃおうかな、と真剣な口調で言う妹とすれ違い、僕は自転車で駅へ向かった。
十六時を過ぎているので、少しは涼しいけれど西日は強烈だ。
駐輪場に自転車を置いて、南口へ足早に行く。
待ち合わせで多用される場所なので、他にも何人か、十代の学生風の男女が立ち尽くしている。何人かは家族が車で迎えに来るのを待っているような雰囲気だ。
おおよその等間隔で並ぶ彼らの空いているスペースに立っていると、ロータリーの向こうに真澄が見えた。
彼女もこちらに気づいて手を挙げる。
僕も手を挙げ返して、そちらへ歩き出した。
これから、久しぶりに限界ギリギリの忍耐力が必要になる。
気合いを入れるために、一度、無意味に強く息を吐いた。
(続く)




