表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/365

三月十六日(月曜日)

三月十六日(月曜日)


 ものすごい音に目を覚ますと、妹の秋穂が部屋に入ってきていて、床に何かの箱を乱暴に置いたところだった。

「な、何、それ?」

 反射的に訊ねる僕に、秋穂は胸をそらして、

「合格祝い」

 と言った。

 まさか中学二年生がそんな気の利いたことをするわけがない。

 目元を何度かこすり、枕元のメガネをかける。やっと視界がすっきりした。

「それは……」

 言葉が続かないのは、床に直接に置かれた箱が、有名メーカーのHMDの箱だからだ。

 信じられない。

「叔母さんからのプレゼントだから。よかったね」

 冷え冷えとした視線の秋穂をちらっと見て、もう一度、しっかり確認するために箱を見た。

 本当にHMDの箱だ!

 叔母といえば、車で三十分ほどのところに住んでいて、父の妹にあたる人だ。まだ未婚で、本屋で働いている。親戚からは、本と結婚した、などと笑われているのは、本人も知っていることだ。

 恐る恐る箱に手を伸ばすと、秋穂が足で箱を踏みつけた。スリッパが気の抜けた音を発する。

「私にも使わせてよ、兄貴。いいよね?」

 とんでもない気迫の中学二年生に、さすがにたじろいでしまった。

「わ、わかった。いつでも言ってよ」

 にっこりと笑った秋穂は箱から足をどかして、颯爽と部屋を出て行った。

 うーん、ここのところの僕は幸運過ぎるかもしれない。

 生唾を飲み込んでから、箱を開封する。

 そこには、緩衝材に包まれた最新型のHMD、ではないものがあった。

「え……」

 そこにはずらっと本の背表紙が並ぶ。塩野七生の「ローマ人の物語」、「ローマ亡き後の地中海世界」、「十字軍物語」が入っていた。合わせれば50冊を超える。

 そして一通の封筒が同封されていて、開けてみると、高校入学おめでとう、知識の獲得に励むように、という趣旨の文章が結構、きれいな字で書かれていた。

 えーっと、HMDは、箱を流用しただけで、ないってことか?

 それでもと箱の中身を全部外に出したが、本当に文庫本しか入っていなかった。

 がっかりだ。なんか、上げて落とされたような、強いがっかり。

 時計を見るとまだ九時にもなっていない。気の早い宅配業者もいたものである。

 とにかく、朝ご飯にしよう。

 寝巻きから部屋着に着替えて一階へ降りると、母さんが掃除機でリビングの掃除をしていて、身振りで食卓の上を示される。僕の分の料理が並び、埃除けに新聞紙が載せてあった。

「明日には制服が来るっていう話よ、春樹」

 掃除機をかけながら大きい声で母さんが言う。採寸はスマートフォンでやったので、おおよそは合っているはずだけれど、店舗へ行って実際に着て確かめる必要はある。

 制服が来ると言うのは自宅に届くわけではなく、制服を商う古い呉服屋に到着するという意味だ。実に昔からの仕組みである。

「十三時には家を出るから、そのつもりでね」

 返事をして、とりあえず朝食を食べることにした。

 何にせよ、今日は一日、暇なのだから、十分に遊べそうだ。

 HMDがなくても、別に悲しくない。

 悲しくなんて、ない。



(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ